⑬コリスコ島およびサンファン岬のベンガ人王国 かつて赤道ギニアにあったらしい。17世紀以降記録に登場し、19世紀にはスペイン保護下に入る。コリスコ島とサンファン岬とで王国が二分された時期もあったが、20世紀のウガンダ王により統一。その後ウガンダ王は赤道ギニアの独立運動も展開した。
⑯ソコト帝国 西アフリカの遊牧民フラニ族が築いた帝国の中では最大で、西アフリカでは結構有名な国。信仰の司令官に選ばれたウスマンはハウサ諸王国にジバードを宣言し、ハウサ諸国を次々と征服し、中央スーダン全体にジバードの波を齎した。帝国は、19世紀を通して、広大な地域の支配を維持した。
現在のラトビアにあったクールラント・ゼムガレン公国がかつてアフリカに植民地を築いていたことを知る人は少ない。 公国は1651年、ガンビア川河口のセント アンドリュース島(現在のクンタキンテ島)に植民地を建設した。なぜ東欧の小国がアフリカに進出しようとしたのか。
世界の都市の今と昔
イギリスもフランスも大分鉄道が減ったなあ
戦前の近畿地方の電力事業者の地図を見ると、ちゃっかり延暦寺がいるのが面白すぎる
アフリカの王国の文化には興味深いものが多い。 その中で面白いものを一つ。 レレー(現チャド)のマウンダン王国である。 マウンダンの王は、「神聖な王」とされ、や干ばつを起こす力があると信じられていた。 最大の特徴は、王が一定の統治期間の間に自然死しなければ、王が処刑されることである。
この物騒な世の中でもピストルがあれば安心して居られます
昔の広告、めちゃくちゃ過ぎて好き
アイヌ民族、昔からわりと好きな少数民族で、ワイが少数民族好きになったきっかけでもあるのだが、その系統は謎に包まれている。 樺太アイヌと北海道アイヌは異なる文化を持ってたり、北海道アイヌの中でも下画像のように地域別に集団が分かれていたりしていた。
中国とかヒマラヤの山岳地帯によくあるこういう道すこ