そして、こんだけ凝った絵を描いたのに お客さんからは何の反応も無かった…(TдT) イヤ この世の何処かではあったのかもしれないが1993年のインターネットの無い時代には探りようが無かった。 つまり 【漫画でどんなに自転車に凝っても意味無し】 それがこの時点での僕の結論。

漫画家としてのデビュー作 【七味撫子うのん】(1993)の中でも、自転車についてはこんな馬鹿なこだわりを持ってたんだが あくまで「作者の趣味」でしかない。 劇中にエピソードとして絡まなければ、ただの自己満足だ。 僕が自転車がどんなに好きでも詳しくても、漫画家の武器にはなっていない。

こんなのが描きたいと思ってアオバ始めたので、立派な変態だ! これはノスタルジーとかじゃ無く、ちゃんとした実用車は「優れた機械としての自転車」だぞ。 車重はあるが、身のこなしはとても軽快だ。 低速の安定性はバツグンでとても乗りやすい。 でなきゃ毎日配達に使いませんって。
1年の後期に「アニメ作画」というゼミを取ったら、その授業内容がいきなりレベルが高かった。 先生に何故と質問したら「だって僕は現役のアニメーターで演出だもの」 やっと光が見えたと思った僕は、その日から学校が終わると先生のスタジオへ毎日通った。 そこであの洗礼を受けたんだ。




アオバ自転車店から 電動キックボードについてのお知らせ。 6/1

貸人屋 1/7

もし僕が5年早く生まれて、1974年にアニメーターだったとして このメカ設定が回って来たら【正気の沙汰じゃ無い】と思うだろう。 熱心なのは分かるがTVアニメとしては凝りすぎ。 止メの絵でも手間がかかり過ぎる。 まして動かすなんて不可能だ。 どマニアの自己満足を強要するなと。

「じゃりン子チエ」の動画を受ける際に、キャラクター表をいただいた。 小田部羊一さんのキャラクターデザインは、もう完璧と言っていいほど 原作のはるき悦巳さんの絵をつかまえていた。 あのクセの強い絵柄を、あらゆるアングルからでも成立させる。漫画的なウソは極力排していた。

「はだしのゲン」のアニメーションは、当時働いていたアニメスタジオでも動画の手伝いをした。 最初キャラ表だけ見た時に「なんだか明るく丸くなっちゃったなあ 大丈夫かなあ」と思ったが、作画が始まったらそれどころでは無かった。 中割りしてる動画が辛くて吐いた。 https://t.co/QZKS0vskUs

あすなひろし先生が『カケアミの天才』と称されるのが分からないのなら、画像を拡大して下さい。 スクリーントーンじゃ無いんです。 こんなの常人じゃやんない。

ちょうど最新号のアオバ内で、五六七八のオヤジさんのセリフで語ってますが 【昭和のだから直せる】とは【直せるような設計と部品で出来ている】です。 1万円の自転車は、【壊れたら直せない】所が沢山あります。 特にフレームと回転部分。 亀裂や破損が入ったら捨てるしかない。交換出来ないんです

1976年秋の学園祭用に作った【宇宙戦艦ヤマト紙しばい】 これは、強力な協力者の彼女の大量ヤマト写真が無ければ、絶対に実現しなかった。 彼女は【ヤマトの再放送をカメラで撮る】をしてくれてたのだ。 この時代、ホームビデオなんてものは僕らの周りには無い。 アニメ雑誌も無い。

6/6 なるべく分かりやすくしました。 こちらは【アオバ自転車店といこうよ!12巻】に収録されています。

モスピーダのライドアーマー透視図の、原画記事を発掘できた。 もう一度描けと言われたら逃げる。

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押し入れ発掘 お宝出て来た。 【家なき子 宝島の 杉野昭夫さんの修正原画】です。 アニメーター1年生で、これをクリーンナップしなくてはならなかった。 この線を殺してはいけない。 それが絶対条件だ。