「人生を変えた1冊」というのがあるとしたら 僕には間違い無くこれ。 星里もちる先生の 【わずかいっちょまえ】 版権仕事や妖子の絵を描きながら、なんとなくモヤモヤしてた時にこれに出逢い 【このままじゃいかんだろ自分 描きたくないのか漫画を!】と強烈に刺激された。 ありがとうございます

この2作は、スタジオジブリが90分のアニメーションにするにはもって来いの素材なのに、何故気付かない!と思ってた。 特にまだ徳間書店がチカラを持ってた時に「わずかいっちょまえ」やらないでどうするよと。 しかし同時に「ジブリ絵にされちゃアカン」とも。 ああもう、ホントに気付いてよ!



アオバ自転車店を続けてなかったら、ヒバリちゃんの自転車のモデルとしてスタジオぬえの加藤さんのトレンクル取材したり、モリオにカーボンロード乗らせるために高千穂さんのTREK取材したりは無かった。 聖悠紀先生の自転車直す事も。 レジェンド級の先輩と巡り合わせてくれたアオバに感謝。


75歳前後の方がお亡くなりになると 前は「70超えてるんだからまあ、あり得るか」なんてノホホンと感じてた。 しかし、来年65になるんだゾ自分 「あと10年かあ」なんて考えたら あっという間だ。 ウーム何が描けるのかなー。


【二度目の人生アニメーター】で何度も出て来る「東光現像所」は、東京現像所がモデルです アニメーター、いえアニメ、映画関係者なら等しく皆 ここで顔を揃えて初号試写を観ました 様々な思い出がある、日本のフィルム文化を支えてくれた所です ありがとうございました




アオバ自転車店から 電動キックボードについてのお知らせ。 6/1

貸人屋 1/7

もし僕が5年早く生まれて、1974年にアニメーターだったとして このメカ設定が回って来たら【正気の沙汰じゃ無い】と思うだろう。 熱心なのは分かるがTVアニメとしては凝りすぎ。 止メの絵でも手間がかかり過ぎる。 まして動かすなんて不可能だ。 どマニアの自己満足を強要するなと。

「じゃりン子チエ」の動画を受ける際に、キャラクター表をいただいた。 小田部羊一さんのキャラクターデザインは、もう完璧と言っていいほど 原作のはるき悦巳さんの絵をつかまえていた。 あのクセの強い絵柄を、あらゆるアングルからでも成立させる。漫画的なウソは極力排していた。

「はだしのゲン」のアニメーションは、当時働いていたアニメスタジオでも動画の手伝いをした。 最初キャラ表だけ見た時に「なんだか明るく丸くなっちゃったなあ 大丈夫かなあ」と思ったが、作画が始まったらそれどころでは無かった。 中割りしてる動画が辛くて吐いた。 https://t.co/QZKS0vskUs

あすなひろし先生が『カケアミの天才』と称されるのが分からないのなら、画像を拡大して下さい。 スクリーントーンじゃ無いんです。 こんなの常人じゃやんない。

ちょうど最新号のアオバ内で、五六七八のオヤジさんのセリフで語ってますが 【昭和のだから直せる】とは【直せるような設計と部品で出来ている】です。 1万円の自転車は、【壊れたら直せない】所が沢山あります。 特にフレームと回転部分。 亀裂や破損が入ったら捨てるしかない。交換出来ないんです

1976年秋の学園祭用に作った【宇宙戦艦ヤマト紙しばい】 これは、強力な協力者の彼女の大量ヤマト写真が無ければ、絶対に実現しなかった。 彼女は【ヤマトの再放送をカメラで撮る】をしてくれてたのだ。 この時代、ホームビデオなんてものは僕らの周りには無い。 アニメ雑誌も無い。

6/6 なるべく分かりやすくしました。 こちらは【アオバ自転車店といこうよ!12巻】に収録されています。

モスピーダのライドアーマー透視図の、原画記事を発掘できた。 もう一度描けと言われたら逃げる。

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押し入れ発掘 お宝出て来た。 【家なき子 宝島の 杉野昭夫さんの修正原画】です。 アニメーター1年生で、これをクリーンナップしなくてはならなかった。 この線を殺してはいけない。 それが絶対条件だ。