綿引:新宿の「コボタン」で、手塚先生と出会われたそうですね 村上:コボタンは「ここに来ればプロ作家の生原稿が見られる」という場所で、我々にとっての「聖地」でした。コボタンでの(手塚先生との)出会いは、今でも思い出します

    綿引:新宿の「コボタン」で、手塚先生と出会われたそうですね
村上:コボタンは「ここに来ればプロ作家の生原稿が見られる」という場所で、我々にとっての「聖地」でした。コボタンでの(手塚先生との)出会いは、今でも思い出します
    472020年6月3日 22:04

    綿引:(「フイチン再見!」で)上田先生の若い頃は、女性たちが「中原淳一派」と「松本かつぢ派」に別れていたと描かれていますね 村上:中原先生は戦前戦後とも抒情派で一貫していますけれど、松本かつぢ先生は、戦前は抒情派の挿絵画家だったのが戦後はスタイルを変えていたので自分も驚きでした

    綿引:(「フイチン再見!」で)上田先生の若い頃は、女性たちが「中原淳一派」と「松本かつぢ派」に別れていたと描かれていますね
村上:中原先生は戦前戦後とも抒情派で一貫していますけれど、松本かつぢ先生は、戦前は抒情派の挿絵画家だったのが戦後はスタイルを変えていたので自分も驚きでした
    11222020年6月3日 22:14

    綿引:上田先生が戦後「少女ロマンス」に描くようになった。この古い雑誌の表紙資料はどうされたんですか 村上:編集さんが国会図書館とかで集めてデジタル化してくれました。現物は状態が良くないので修正が大変だったと思います 綿引:相当な御苦労だったのでは? 村上:ええ、かなりの資料数でした

    綿引:上田先生が戦後「少女ロマンス」に描くようになった。この古い雑誌の表紙資料はどうされたんですか
村上:編集さんが国会図書館とかで集めてデジタル化してくれました。現物は状態が良くないので修正が大変だったと思います
綿引:相当な御苦労だったのでは?
村上:ええ、かなりの資料数でした
    312020年6月3日 22:18

    綿引:昭和30年頃、悪書追放運動が起きる 村上:この時、手塚治虫先生が矢面に立ったのはインテリジェンスと当時の立場から当然として、上田としこ先生も女性作家の代表として前面に出ます。二人は新しい漫画を守るための同志であり、この悪書追放運動の中でその絆がより深く築かれたのだと思います

    綿引:昭和30年頃、悪書追放運動が起きる
村上:この時、手塚治虫先生が矢面に立ったのはインテリジェンスと当時の立場から当然として、上田としこ先生も女性作家の代表として前面に出ます。二人は新しい漫画を守るための同志であり、この悪書追放運動の中でその絆がより深く築かれたのだと思います
    362020年6月3日 22:24

    綿引:(「フイチンさん」は)「少女クラブ」からの依頼でしたから先生は喜ばれたでしょうね 村上:ええ「本当に嬉しかった」と書かれていました 綿引:ただ「フイチンさん」に至るまでが大変だったようですね

    綿引:(「フイチンさん」は)「少女クラブ」からの依頼でしたから先生は喜ばれたでしょうね
村上:ええ「本当に嬉しかった」と書かれていました
綿引:ただ「フイチンさん」に至るまでが大変だったようですね
    132020年6月3日 22:31

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