で、阿佐ヶ谷図書館から出て旧中杉通り(『とりから往復書簡』で描いた「車がぶつかってあいたコンクリ塀の穴に仏像が置かれてた事件」の通りです)の商店街を「あ、あの店まだある」「あの店なくなっちゃったのか〜」とか懐かしがりながら歩いてネオ書房行ってきたわけです。

この広告が載ってた少年サンデー(1970年2月15日号)の同じ号の広告ページより。一冊の雑誌のこれにも、これにも、この広告ページにも!ニャロメが顔出してる。どんだけ人気あったんだよ。
赤塚不二夫の描く猫って昔から可愛くて好きだったけど人気が出てからのニャロメはそこからさらに進化してるキャラなんだな。耳と目と口吻(ウィスカーパッド)部分だけ思い切りデフォルメして(下顎もガバッとあけて)あとは切り捨てられてる。いまさらだけど思い切ったデザイン。




東邦のサンデーコミックス(65.2)の巻末おまけまんが。フジオプロの誰か作だと思う。絵はずいぶん上手いかわりにアイデアが何もない。(西部劇におでん、はちょっと面白いけど)長谷先生とか古谷先生とか主要スタッフがネタ出し手伝ってくれなかったのかな。


吉永さゆり「おもしろいわよ。」

松本零士作品の締めの文章。一時のブームの加熱によりあまりにも量産され、マンネリ化し、みーんなにパロディされて新鮮味は失ったが。時をおいて改めて読んでみると…どれも良いんだ、やはり。『男おいどん』のこれなんて一年を締めくくる孤独な男(女にも)に向けたエールとして胸を打つ。俺は。

こういうのを「尊い」と言うのだな。

唐突に。漫画を描き始めた小学校低学年のころ、こんなことを真剣に悩んでた。

けっこう怖い話だと思う。

京都土産にいただいた国際マンガミュージアムのクリアファイル(画像は部分です)見て泣いちゃったよ。

昔の漫画雑誌の切り抜き、終活で片付け中。87年のスピリッツ賞の審査員の顔ぶれが白土三平、さいとうたかを、小池一夫、石森章太郎、ちばてつや に横山光輝までいる。化け物屋敷みたいなメンツ。選評がみんな辛い辛い。

定期的に『総員玉砕せよ!』読んで震え上がってますが、まだ本格的に戦闘も始まってないストーリー序盤、舟で河を渡る水木さんの後ろに乗ってた同僚の兵が気がついたらいなくなってるシーンでもう怖さがMax。

きつねのヤバイ。

若き頃も大御所になってからも「劇画家たるもの量産こそ命!」な、さいとう・たかを先生。(隣は水木先生ね)

脈絡なく突然思ったが。この吹き出しのギザギザを日本一多くギザギザさせる漫画家は誰だろう。

昔の「アックス」より。福満しげゆき先生の見開きコラム。この回は「マンガ家としてデビューする方法」なんだけど本当にためになることが痒いところに手が届くように書いてあって当時大感心した。アシちゃんたちが全員このページコピーして行ったくらい。全文紹介したいけどそれもアレなんで序盤のみ。