これに関しては「The Way of Dark」(19世紀末から20世紀初頭にかけて中国に滞在していた宣教師が書いた本)の中で全く同じ立場で、ただし清代中国での外国人の振る舞いについての注意がある。「現地の人は相手が外国人で作法は知らないができる限り礼儀正しくしようとしているとは見てくれない」

「母語が京都弁ではないが教養のために英語と京都弁を身につけた芸を売る女性が身分違いの恋をして外国にやってきた」という、ハードモードなのがみっちゃんなのである……


階級の違う人間は同じ人間として見てもらえないのをレオさんは知っているが、それはそれとして自分も階級の違う人間を同じ人間だとは見ていない……いなかった、今気づいたけどまだ偏見があるのには気付いていない……ことを考えながら話している

「エンマはパリの地図を買った。指先で地図の上を辿りながらパリの町中を歩き回った」(フローベール「ボヴァリー夫人」より) なかんずく海外旅行経験の少ない私が物語を描くときによくやることでもある。最初に当該地域の「地球の歩き方」「地図」を手に入れる。できたら当該の時代の。


ふと思い出した、うろ覚えの中国の昔話

なんか情報が錯綜してる人が多いからまた資料の探し方投げておきますね…。 参考文献は大事だけど元の本が間違ってる場合あてにならないことがあるぞ(全部同じ研究室の人の本が参考文献とか)。あと図書館で司書さんにきくのはよいぞ。日本語で探す場合を前提としています。

この手の話であと書いたのはこの辺

俺の好みの長髪はこれです

みんなこういうの好きなの?

唐突に墓守に対する解釈解像度が爆上がりした話

漢詩

リンボの話題のせいでにわかに知った「かつめし」というもののギャップと戦ってる ←想像したもの 実際→

イソとエマ

「もし誰か覚えている人がいたら、それはそれで素晴らしいことさ。自分が忘れてしまったことを覚えている人がいるなら……」

その上でちょっとこれも…… 難しいことをしないとだめとかは言いたくない、ほんとに言いたくない

写真家の宿酔の話なんですけど!!!!!!!! こうであってくれという気持ちがいまとまらない