マガジンを更新しました。今回は「人の中には本来の自己があらかじめ備わっている」という個性原理が、抑圧にしたがっても変化を選択しても「自己否定」とみなしてしまうというダブルバインドについて書きました。 個性原理と「変われ」と「変わるな」のジレンマ https://t.co/sADQKEI1Gm
「絵じゃん」とか「ゲームで努力しても意味ないでしょ」というような物言いでリアリストを気取っている人は、無為な愛好を冷笑する態度がすでに「絶対有意義なもの」の存在を前提にしていることに気付いていないという文章を書きました。リアリストはなぜ話が通じないのか? https://t.co/bojn3gjVx2
月曜のマガジン更新。「こうなったのは〇〇のせいだ」のように責任を外部に置くと自分の自由が制限され、反対に自分の自由や可能性を最大化するとでかい責任が襲ってくるというジレンマについて書きました。(有料) 悪いのは誰か?-自己責任の過剰と不足 https://t.co/kG2efKCkgV
「お気持ち揶揄」や「"弱者利権"批判」といった文化を「加害性の否認」ではなく「弱者性の否認」から捉え直し、何が弱者を「特権的」に見せるのかを考察する記事を書きました。少しの間無料にしています。 "弱者"がなぜ"羨望"されるのか?ー「傷ついた」と言えない人たち https://t.co/RQh45I3rJq
差別的言動のような悪を「人ならざるもの」と扱うような潔癖症は、その悪を「糾弾する側」と「頑として否認する側」に分かれて繰り広げられるものの、両者の間には「人間の本質は善である」という認識の共通点があるという文章を書きました。 「性善説の人」はなぜ争うのか https://t.co/XZl1pchF9B
「無思想はなぜヤバいのか」という記事を書きました。自分のことを無思想だと思っている人は、自分と違う考え方だけを「思想」だと思ってしまい、「普通じゃないから怖い」という理由で無自覚に弾圧し得るという話です。しばらく無料にしておくので読んでみてください。 https://t.co/ZjFA084PhJ
ゴッホとゴーギャンが同居してたときのBL漫画を描きました。 続きはオモコロでどうぞ! ゴッホとゴーギャンのドキドキライフ
フィクションや冗談など、人の言葉をなんでも「意見」と受け取るインターネットの新勢力について記事を書きました。読んでみんなもヤバい奴になろう!→ そんなこと言ってねえ!ネットに増加する「なんでも意見だと思う人」の実態とは? | ヌー…
オモコロで「女性と話したいという思いが変な方に向いて迷惑をかけてしまうおじさん」という確実に存在する層についての記事を書きました。 もしかしてこの人も?ネットに生息する”女に話しかけるのヘタすぎおじさん”の特徴|オモコロ…
画像のような、女性がイラッとくる広告がどのようにしてできるのか知りたくありませんか? この記事を読んで女性がイラッとくる広告の歴史を学び、次の機会に備えましょう! どうして女性向けのマナー広告って一言多いの?…
悲しい思い出で観られなくなったジャンルはありませんか?作品を応援し続けるために”ヤバいファン”を知りましょう。 高すぎる意識の壁!マイナージャンルを衰退させる”新参潰し”の実態とは?
Google、計算式を入力すると直接答えが表示される機能と同じで「人物名」「死因」で検索すると結論だけ見せてくれて便利だな
最近、あれはあーだとかいやそうではないのレベルじゃなくて「意見を言うな」という言論が飛び交っているので当たり前ですが「意見は間違ってても言っていいよ」という文章を書きました。長いですが読んでみてください。 政治的な発言は誰でもしていいよって話 https://t.co/srgaDqqcdh