「コロコロコミック」連載の『F1キッド』の取材でした。 『ラジコン探偵団』に登場させたのはレーシングカーの童夢‐零RLの方でした。こちらは富士スピードウェイのテストを取材させてもらいました。




そんなのありましたね(^_^)。 ランチャのパトカー仕様は、自分のポルシェ934で試してました。赤色灯はフリップフロップ回路、サイレンはシュミットトリガー回路を組んで。トランジスターではなくICを使いましたが。


高校を卒業したのは57年前(1969年3月)ですが、3年生のときに発行された生徒会誌の表紙絵とクラブ紹介のカットを担当しました。表紙絵は別の生徒が描く予定だったのに、何らかの事情で描けなくなったとかで、「いますぐ描いてほしい」と頼まれ、その場で即興で描いた抽象画もどきでした。




石ノ森章太郎先生は、色っぽい女性が登場するアダルトな作品をたくさん描いています。「プレイコミック」の表紙絵なんて、ゾクゾクものでしたよ。でも石ノ森先生の描く女性は、品がありました。




「ギャグマンガもストーリーマンガも、幼児マンガも少年少女マンガも青年マンガも大人マンガも老年マンガも、学習マンガもお下品マンガも、なんでも描けるようになりたい」というのが、マンガを描きはじめた頃から志していたことでした。もちろん石ノ森章太郎先生の影響です。

すみません。後期高齢者までは、まだ1年半ほどあります(^_^;)。絵柄が古臭いのは間違いありません。いまは古臭い絵柄のマンガをフルデジタルで描いています。添付画像は4年前にiPadメインで描いた単行本で、プログラミング言語Pythonのマンガ版入門書です。ネームもプログラミングも70歳過ぎの私が担

のむらしんぼさんの『コロコロ創刊伝説』では、『ゲームセンターあらし』のキャラ設定がネームの段階になっていましたが、これは実は間違っています。そんなナマやさしいものではありませんでした(笑)。

>模倣も本来は技量が必要な「人間の技」であり、「時間」や「労力」をかけて「自らが学ぶ」事によりようやく実現出来たモノだった。 それを「ツール」による「自らが学ばず」、「簡単」に「誰でも」「大量に」生成可能

新刊案内に対する多数のご意見・ご感想をありがとうございました。表紙絵に対するご意見が多かったのですが、この絵は「すがやみつるが描いたもの」とは述べていません。本のカバー袖で生成AIを使って作成したことを明記しています(自作絵をDALL-E3にアップロードし、「ファインチューニング」するよ

『快傑ズバット』を描いていたことも、案外、知られていないかもしれない。

マンガが原作のドラマ化に関する話題が、なぜか、こちらにも飛び火してきて、「『ゲームセンターあらし』のアニメ化のときはどうだったんですか?」みたいな質問が、数人の方から来ました。

1969年に人工甘味料のチクロが使用禁止になり、砂糖が使われるようになりました。そのとたんにコーラの空き瓶を入れて積み上げた木箱に、蟻の行列ができるようになりました。

この色紙もフリーハンドで描いていただきました。

いちおうネット歴も40年になりますので、2段階認証などにも知識があり、設定もしてありました。

あああああ~っ! 一読者として漫画もエッセイも大好きでした。西荻窪の酒場に行くと、東海林先生と野球をしたり、ワインを飲みに行ったりしたことを楽しげに話してくれる人がたくさんいて、先生が敬愛されていることがよくわかりました。

おかげさまで74歳になっても、マンガや文章の仕事をしています。 こんな本も出していますので、興味があれば、ぜひ。 https://t.co/SotG8rgAsH

亡くなられた豊田有恒さんへの哀悼の意を込めて、若木豊田さんも登場するマンガ『鳥よ、飛びたて!!』(原作・石津嵐/マンガ・すがやみつる/「マンガ少年」増刊号TVアニメ特集/1977)を掲載させていただきます。全33ページあります。 <『鳥よ、飛びたて!!』掲載誌&トビラ> つづく