出典
180年3月17日、ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスが滞在中のウィンドボナで病没する。五賢帝最後の一人とされ、プラトンの言う「哲人王」の実現例として称えられた。 カッシウス・ディオは、彼の死を「ローマは、黄金の帝国から鉄と錆の王国へと没落し始めるのである」と評している。