出典
中世のケルンは大司教座が置かれる聖職領邦であったが、領主であるケルン大司教と市民の自治を求めるケルン市民は常に緊張関係にあり、しばしば衝突してケルン大司教が逃亡することがあったらしい。 1475年にケルンは帝国自由都市となり、ケルン大司教領(選帝侯領)はボンが首都となる。