それは、オトコの漫画でも自転車のメカ描写はテキトーだった1974年に画期的だったんだよ。 まさかそれから33年経って、自分の漫画単行本に弓月光先生が寄稿して下さるなんて。 しかもあのDE ROSAを! 生きててヨカッタよ。


だから自転車メーカーも、買いやすい初心者用5万円代のランドナーを競っていた。 通学用が4万代の時代(今より自転車は高かったんだ)に、そこからチョイ高でランドナーが買えた。 通学用のセミドロップハンドルのを10段変速に改造して旅立つ人もいた。 とにかくランドナーが第一歩だった。

あの時代、絵はともかくタイミングについては「いつものあの感じ」しかなく、変わった事しようとしたらタイムシート直された。 で、完成したフィルムみて「ホラ見ろつまんないじゃないか!」ってムカムカ。 そういうのに抗いたかったんだよ。 「何でも3コマ中3」ってのに板野さんも戦ってたんだ。





アオバ自転車店から 電動キックボードについてのお知らせ。 6/1

貸人屋 1/7

もし僕が5年早く生まれて、1974年にアニメーターだったとして このメカ設定が回って来たら【正気の沙汰じゃ無い】と思うだろう。 熱心なのは分かるがTVアニメとしては凝りすぎ。 止メの絵でも手間がかかり過ぎる。 まして動かすなんて不可能だ。 どマニアの自己満足を強要するなと。

「じゃりン子チエ」の動画を受ける際に、キャラクター表をいただいた。 小田部羊一さんのキャラクターデザインは、もう完璧と言っていいほど 原作のはるき悦巳さんの絵をつかまえていた。 あのクセの強い絵柄を、あらゆるアングルからでも成立させる。漫画的なウソは極力排していた。

「はだしのゲン」のアニメーションは、当時働いていたアニメスタジオでも動画の手伝いをした。 最初キャラ表だけ見た時に「なんだか明るく丸くなっちゃったなあ 大丈夫かなあ」と思ったが、作画が始まったらそれどころでは無かった。 中割りしてる動画が辛くて吐いた。 https://t.co/QZKS0vskUs

あすなひろし先生が『カケアミの天才』と称されるのが分からないのなら、画像を拡大して下さい。 スクリーントーンじゃ無いんです。 こんなの常人じゃやんない。

ちょうど最新号のアオバ内で、五六七八のオヤジさんのセリフで語ってますが 【昭和のだから直せる】とは【直せるような設計と部品で出来ている】です。 1万円の自転車は、【壊れたら直せない】所が沢山あります。 特にフレームと回転部分。 亀裂や破損が入ったら捨てるしかない。交換出来ないんです

1976年秋の学園祭用に作った【宇宙戦艦ヤマト紙しばい】 これは、強力な協力者の彼女の大量ヤマト写真が無ければ、絶対に実現しなかった。 彼女は【ヤマトの再放送をカメラで撮る】をしてくれてたのだ。 この時代、ホームビデオなんてものは僕らの周りには無い。 アニメ雑誌も無い。

6/6 なるべく分かりやすくしました。 こちらは【アオバ自転車店といこうよ!12巻】に収録されています。

モスピーダのライドアーマー透視図の、原画記事を発掘できた。 もう一度描けと言われたら逃げる。

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押し入れ発掘 お宝出て来た。 【家なき子 宝島の 杉野昭夫さんの修正原画】です。 アニメーター1年生で、これをクリーンナップしなくてはならなかった。 この線を殺してはいけない。 それが絶対条件だ。