今日はちょっと用事があって少年画報社へ。 そこで23年ぶりに、自分の原稿と再開。 【あの空とおんなじ】と、 【並木橋通りアオバ自転車店】の1、2巻単行本ぶん。 自分が描いたものなのに、古い友人と会ったようだ。 何故こんな事してるのかは後日、ご報告します。



マグマ大使といえばモル。 奥さんのモルである。 考えるに【奥さんがいるヒーロー】って、そんなにいない? 8歳の僕は、漫画版のモルのキュートさにクラクラしてた(はず) 普通はマグマ大使の子供のガムに感情移入だろ。 でもモル。 特撮版は…ゲフンゲフン(TдT)


「じゃあ、お前なら面白い漫画が描けるんだろうな?」 同時にこれがやって来る。 多分1983年なら僕も同じだった。 だから、アニメVで漫画を連載する時は覚悟を決めた。 アニメーターでも漫画は描けるというのを見せてやらねば。 ちゃんとペン入れして 一つの作品にするんだ。 ……気負いすぎ!


これに拍車をかけたのがOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ) TVシリーズは無理でもOVA一本なら冒険してみるか!って場所が出来た。 【二度目の人生アニメーター】は、まさに今その時代を描いています。 TVシリーズでも若手の感性をどんどん取り入れ始めたのが80年代です。





アオバ自転車店から 電動キックボードについてのお知らせ。 6/1

貸人屋 1/7

もし僕が5年早く生まれて、1974年にアニメーターだったとして このメカ設定が回って来たら【正気の沙汰じゃ無い】と思うだろう。 熱心なのは分かるがTVアニメとしては凝りすぎ。 止メの絵でも手間がかかり過ぎる。 まして動かすなんて不可能だ。 どマニアの自己満足を強要するなと。

「じゃりン子チエ」の動画を受ける際に、キャラクター表をいただいた。 小田部羊一さんのキャラクターデザインは、もう完璧と言っていいほど 原作のはるき悦巳さんの絵をつかまえていた。 あのクセの強い絵柄を、あらゆるアングルからでも成立させる。漫画的なウソは極力排していた。

「はだしのゲン」のアニメーションは、当時働いていたアニメスタジオでも動画の手伝いをした。 最初キャラ表だけ見た時に「なんだか明るく丸くなっちゃったなあ 大丈夫かなあ」と思ったが、作画が始まったらそれどころでは無かった。 中割りしてる動画が辛くて吐いた。 https://t.co/QZKS0vskUs

あすなひろし先生が『カケアミの天才』と称されるのが分からないのなら、画像を拡大して下さい。 スクリーントーンじゃ無いんです。 こんなの常人じゃやんない。

ちょうど最新号のアオバ内で、五六七八のオヤジさんのセリフで語ってますが 【昭和のだから直せる】とは【直せるような設計と部品で出来ている】です。 1万円の自転車は、【壊れたら直せない】所が沢山あります。 特にフレームと回転部分。 亀裂や破損が入ったら捨てるしかない。交換出来ないんです

1976年秋の学園祭用に作った【宇宙戦艦ヤマト紙しばい】 これは、強力な協力者の彼女の大量ヤマト写真が無ければ、絶対に実現しなかった。 彼女は【ヤマトの再放送をカメラで撮る】をしてくれてたのだ。 この時代、ホームビデオなんてものは僕らの周りには無い。 アニメ雑誌も無い。

6/6 なるべく分かりやすくしました。 こちらは【アオバ自転車店といこうよ!12巻】に収録されています。

モスピーダのライドアーマー透視図の、原画記事を発掘できた。 もう一度描けと言われたら逃げる。

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押し入れ発掘 お宝出て来た。 【家なき子 宝島の 杉野昭夫さんの修正原画】です。 アニメーター1年生で、これをクリーンナップしなくてはならなかった。 この線を殺してはいけない。 それが絶対条件だ。