『自分で名前出してもろもろ準備して本を作って出すのは様々な理由で出来ない(ダルくて嫌、とかも)が、本は出したい』 ……という人は結構眠ってそうな気がするので、評論でも漫画でも大きな赤字にならない予感があれば積極的にお話は伺ってコーディネートしても良い。 評論の場合基本的には、 ・まるっと原稿をもらう ・僕が校正?編集?する ・僕が表紙とか本文内カットを用意する ・事前にPDFか何かにして渡して内容最終確認してもらう ・印刷代も何もかも経費は僕が持つ ・紙の本は経費を相殺した後は黒字分を半々に ・ダウンロード版は初めから半々に これなら『発表したい!』というだけの人にとってかなり有利な条件なはず。 その方の名前をどう出すか出さないかはお任せするが、僕が書いたことにするとかの嘘だけは無しで。
SNS上で誰かの何かを褒めるのがここ数年凄く怯えるようになった。 素敵なイラスト、エッチな漫画、美麗なコスプレ、どれにも『良い……』くらいしか言えない。 本当は自分が感じた「これのここが特に素敵だと思った」等のより深い気持ちが大抵あるのだけれど、そのポイントがその人にとって褒められて嬉しいとは限らないから…… 例えば、何かの漫画を良いと思っても、そこは作者が頑張ったところではなく、編集の指示で頑張った部分だったらかえって作者の気を悪くするかもしれない。 例えば、何かのコス写真を良いと思っても、そこはレイヤーが褒めて欲しいと思っている部分ではなく、むしろ不快に感じるポイントかも知れない。 ……とか、様々な最悪のケースを考えていくと最終的にはそもそもSNS止めたら?とか、SNS上で誰かを褒める行為を止めたら?ともなるのだろうけど、それもそれで死人のようになってしまうし。 なので、結論として。 僕は良いと思った何かに対して称賛することは止めないが、その代わりその何かについての何に良さみを感じたのかは明示せずに、パッションの震えを表明するにとどめていこうと思う。