『電脳なをさん』から。つげ義春作品は名セリフ名場面の宝庫なので原作発表当時からプロアマ問わずいろんな人がいじりまくっていたので後追いの俺なんかがいまさらいじっても…ってかなり悩んだ。まあやっちゃったわけですが。


『夜が摑む』見返したら扉を除く全ページの最下段のコマの端に(コマノンブルじゃなくて)ページノンブルが残ってた。1975年の漫画サンデー(初出)ではこういうのをつける慣習が残っていたのか。昭文社単行本→講談社の全集でも変わらず残ってるけど写植剥がして原稿を傷つけることを恐れたのかな。




少年マガジン増刊『水木しげる日本妖怪大全』はすごいな。雑誌一冊の約3分の2(160ページ強)、めくってもめくっても見開きの、質・量ともに当時最強の妖怪図鑑。残りの3分の1がつげ義春!妖怪目当てで買ってもらった子供は「なんだこりゃ」だったであろう。(芦辺拓先生も確か「困った」言ってた)





吉永さゆり「おもしろいわよ。」

松本零士作品の締めの文章。一時のブームの加熱によりあまりにも量産され、マンネリ化し、みーんなにパロディされて新鮮味は失ったが。時をおいて改めて読んでみると…どれも良いんだ、やはり。『男おいどん』のこれなんて一年を締めくくる孤独な男(女にも)に向けたエールとして胸を打つ。俺は。

こういうのを「尊い」と言うのだな。

唐突に。漫画を描き始めた小学校低学年のころ、こんなことを真剣に悩んでた。

けっこう怖い話だと思う。

京都土産にいただいた国際マンガミュージアムのクリアファイル(画像は部分です)見て泣いちゃったよ。

昔の漫画雑誌の切り抜き、終活で片付け中。87年のスピリッツ賞の審査員の顔ぶれが白土三平、さいとうたかを、小池一夫、石森章太郎、ちばてつや に横山光輝までいる。化け物屋敷みたいなメンツ。選評がみんな辛い辛い。

定期的に『総員玉砕せよ!』読んで震え上がってますが、まだ本格的に戦闘も始まってないストーリー序盤、舟で河を渡る水木さんの後ろに乗ってた同僚の兵が気がついたらいなくなってるシーンでもう怖さがMax。

きつねのヤバイ。

若き頃も大御所になってからも「劇画家たるもの量産こそ命!」な、さいとう・たかを先生。(隣は水木先生ね)

脈絡なく突然思ったが。この吹き出しのギザギザを日本一多くギザギザさせる漫画家は誰だろう。

昔の「アックス」より。福満しげゆき先生の見開きコラム。この回は「マンガ家としてデビューする方法」なんだけど本当にためになることが痒いところに手が届くように書いてあって当時大感心した。アシちゃんたちが全員このページコピーして行ったくらい。全文紹介したいけどそれもアレなんで序盤のみ。