Eラン大学1年目 人文系のことを主にツイートしています。 興味持った方はフォロバするかも
カナダはアホみたいに湖があるので、「湖の中の島の中の湖の中の島」ぐらいなら多分ゴロゴロある こういうのを再帰的な島 (recursive island)と言うらしい。
カナダにある地球で唯一の 「大陸の中の湖の中の島の湖の中の島の湖の中の島」 陸地(北米大陸)の中の、 湖(ヤスキエド湖)の中の、 島の中の、 湖の中の、 島の中の、 湖の中の、 島。 名前はない模様。
北極圏は毎年少しずつ(年間約14.5m北に)移動していることを知っているだろうか? そして、北極圏を表す北極線の移動を感じられる島がアイスランドにある。 本土から北に40km離れたグリムセイ島には、北極線を示す8トンの石の球体が設置されており、定期的に北極線の正しい位置に移動される。
消えゆく島 アイスランド最北の島をご存知ですか? コルベインゼイ島は、アイスランド本土から北へ約105kmの位置にある島。 しかし、波浪侵食にさらされており、島は消えゆく運命にあるという。 2020年頃に消失するという予測がなされていたが、現在も残っていることが確認される。
彼の息子が幼い間、ロバート・ウィリアムズというカルヴァン派の牧師が王の代理を務めたという。 その後、前王の息子が大人になり、ジョン・ウィリアムズ2世となるも、彼は酒に溺れ、廃位され、本土へ逃亡したようだ。 その後、本土のプスヘリの救貧院で亡くなったようだ。
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こうして、村は数多の困難を乗り越えながら、こんにちに至るまで、この伝統的な装飾を施した家屋を受け継いでいる。 この村では。民族衣装や民族舞踊など、地域の文化も大切に守られており、スロバキアの豊かな伝統を伝えている。
かわいい村 チチマニ スロバキア中西部の山間部、「チチマニ(Čičmany)」という村がある。 この村が世界的に知られる理由は、伝統的な木造家屋の外壁一面に描かれた ○×…などといった白い幾何学模様だ。 そして、この独特な模様の装飾は、村のあらゆる家屋に施されており、不思議な光景が広がる
イランパフラヴィー朝の元皇太子が話題だが、実は前王朝ガージャール朝の王位請求者もいる モハンマド・ハサン・ミールザー2世という人物が当主で、アメリカのテキサス州ダラスに住んでいるらしい… ガージャール家協会というのもあって、ガージャール家の子孫は約300人いるという…
ドゴン族の村は、一つの村には「ギンナ」と呼ばれる村長の家を中心に約40軒ほどが集まって村が形成される。 ドゴン族のユニークな建築でよく見られるこの尖った屋根は穀物庫で、各家に備えられており、ネズミの侵入を防ぎ、大切な穀物を守っている。
初期は内紛で対応が遅れたアッバース朝ですが、カリフ・ムウタミドの弟、ムワッファクが鎮圧の指揮を執ると状況は一変。 彼は卓越した軍事戦略で反乱軍を追い詰め、 883年、遂にザンジュ軍の首都ムフターラを陥落させ、首謀者アリ・イブン・ムハンマドを処刑。反乱は終結した。
「ザンジュ」とは主に東アフリカ(スワヒリ海岸)から連れてこられた黒人で、インド洋を渡り何世紀もの間、奴隷としてアラブ商人により、さまざまな国へ輸出されていた。 アッバース朝では、彼らはメソポタミア南部の湿地帯で、土壌の開墾、運河建設といった苛酷な肉体労働に従事させられていた。
中世イラクに、黒人奴隷の反乱政権があったことを知っていますか? 869年、アッバース朝、メソポタミア(現在のイラク)南部で大規模なザンジュ(黒人奴隷)反乱「ザンジュの乱」が勃発。 約15年間にも及ぶ反乱は、帝国に甚大な被害を与え、その後のアッバース朝の衰退を加速させる要因となった。
この木製板は、ルバ族の「ルカサ」と呼ばれる『記憶装置』で、まるで現代の基板のように、色とりどりのビーズや貝殻などを配置し、知識を符号化して「埋め込まれている」という。 ルバ族には文字は持たなかったが、自分たちの歴史や文化的信念を記憶し、伝えていくためにこの『記憶装置』を用いた。
カタンガ地方で一時的に独立していた「カタンガ国」の国旗や現在のコンゴ民主共和国のオー・カタンガ州の紋章にも「カタンガクロス」が描かれており、カタンガ地方の象徴ともなっている。
例えば、古代ソマリアにはオポーネ、モシロン、マラオといった交易地が存在しており、古代プント国に相当するものであると考えられている。 しかし、プント国はやはりソマリアの政情不安もあるのか、あまり調査が進んでいる印象がない…
南側の不満は収まらず、幾多の反乱から、2015年のクーデターをきっかけに国内全域で内戦が勃発。 で、現在に至るまで、イエメン共和国は統一されていない。 が、こうして歴史的経緯を見ると、「南北イエメン」が統一された期間はごく最近と短いことがよく分かる
そもそもイエメンなんかは、冷戦期は南北分裂やら、今でも内戦で南北で分裂やら言われているが、元々南北イエメンが統一国家になったのはかなり最近の話で、北イエメン(旧ムタワッキリテ王国)はザイド派が強く、南部はスンニ派のシャーフィイー派が多数派で、英国進出以前から群雄割拠であった。
イングランドのParish Councilは基礎自治体というよりは、町内会に近いシステムなのかな、どうなんだろう ↓はイングランドのディストリクトの区分地図
欧州主要各国の基礎自治体を見てみる。 ドイツのゲマインデ(Gemeinde) イタリアのコムーネ(comune) スペインのムニシピオ(municipio) イングランドのカウンシル(council)
代表なき国家民族機構(UNPO)というものがあって、アンノボンを始めとして、国家を持たない世界の諸民族を主とした国際組織で、アンノボンを始めとして、様々な団体が加盟しているらしい。 (図はグレーが元メンバーで、色つきがメンバー団体)
で、今回の「編入要請」は、18世紀までリオ・デ・ラ・プラタ副王領の一部であったことからアルゼンチンに帰属すると主張しているらしい。 しかし、島はポルトガル語とバントゥー系のクレオール語であるアンノボン語が話されているらしい。
トルクメニスタンの国章の中心にはアハルテケが描かれている。また、トルクメニスタンマナトの紙幣に描かれいたり、切手にも描かれたりするなど、現在のトルクメニスタンの象徴といっても過言ではない。 アハルテケ馬の繁殖育成と乗馬文化の振興は、トルクメニスタンが国を挙げて行っている。
【干しダラ交易の広がり】 古くからヴァイキングの交易品としてすでに存在。 13世紀、ハンザ商人がベルゲンに商館を設置し、ハンザ商人を経由し、ロフォーテン産の干しダラはヨーロッパ各地に広がる。 ベルゲンは干しダラの交易で繫栄し、中世の北欧で最大の都市となる。
干しダラ(ストックフィッシュ)が紡いだ千年の交易史 ノルウェー北極圏のロフォーテン諸島。 この島々が干しダラの交易で、中世ノルウェーの繁栄を築き、ヨーロッパの食文化を形づくったことをご存知だろうか? なぜ、干しダラだったのか、様々な観点から見ていこう。