漫画家です。【アオバ自転車店といこうよ!】【二度目の人生アニメーター】描いてます。自転車とさぬきうどんは生涯の友。
水彩画で描いた妖子を、こんぴーたーサンに【昔のパソコンゲームのような16色で】と 【さらに粗い8色のドット絵で】を頼んでみた。 このジャギを懐かしいって感じてしまう。 あの頃のドット職人さん達は、今どうしているのだろう。
6月1日は、この子の誕生日だそうで(^_^;) また忘れるとこだった。 僕的には1989年作なので、えーと… 37周年?
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特撮や玩具には向くデザインだとは思う。子供が小さいときは宇宙刑事関連や戦隊ロボは幾つも買って、ガシガシ合体させても壊れないのは感心した。 毎度変形パターンを大きく変えてくるのも凄い。 しかし、【箱に複雑な模様】のデザインは、アニメでは作画ミスや塗りミスを誘発するんだ。
仕事として「このロボ描いて」が来たら、そのデザインがどのようなものであれ【デザイン画よりチョイカッコよく描きたい】で生きてきた。 止メのパッケージ絵と、動かすアニメでは密度が違うが 基本はお客さん(子供含む)がカッコいいと感じること。 やり過ぎないように気は遣うが。
前に1982年頃の、セリカ・クーペに出会って「もうあの頃のには滅多に出会えないなー」なんて思ってたら 先日多摩川沿いでコレに遭遇。 3代目 カリーナセダン。 トヨタ車の多くが、パキペキで四角かった1982年。 角目4灯が流行った時代でもある。
壊れた前のスマホの画像をサルベージする旅は続きます。 なんとかアマゾンフォトに残ってるのは確認。 全部では無いだろうが。 【手描きの絵】で検索したらこんなのが出てくる。
15年くらい前に組んだ 【街乗り超快速車】 ベースは徳島の佐光さんという自転車店のオリジナル【シクラ】 アルミフレーム以外一見なんてことないシングルのシティサイクルだが、凄く軽い! この装備で13キロあるか無いかくらい。 そしてこの自転車は現代では当たり前の装備をあえてオミットしてる。
新しいスマホで画像取り込みテスト。 新型補正かけてみた。 どんなもんでしょー。
長岡さんのストライダ初登場の回です。 これは最後のセリフ 「江ノ島へ輪行しましょう」の夢が叶ったところ。長岡さんのストライダのキャリアには、ミホちゃんの手作り弁当。
『こういちくんとワカバさん』 妄想立体化
ちっと休憩。
ナギサのパンターニ・レプリカは、カラー映えがするので何度か巻頭4色カラー時に登場している。
もう今となっては、この「ナギサのビアンキ」ことビアンキ パンターニ・レプリカのカラーリングに なんでこのビアンキ、黄色が混じってんの?と言われるかもしれない。
あと黒を作れば戦隊が出来るな。いや黄色か?
1991年3月22日発売で 35周年ですってよ
たぶん皆さんにとって 宮尾岳といえば 妖子とアオバ自転車店 …な印象だとは思うけど KAZANを最後まで描ききってなければ、恐らくこの歳まで漫画は描いてない。 KAZANは生涯漫画家として生きていく覚悟をくれた。 自分の作品に言うのも変だが ありがとう。
妄想 アオバフィギュア アオバはともかく、自転車がこんなに細くは作れない。 作れたとしても、スポークがポキポキ折れそう。
はあいみんな カレー食べてる? 宮尾は昨日4時間かけてカレー作って夕食、朝食、昼食でギブアップよ 情け無いわね。 男なら10食カレーぐらいこなしなさい。
こちらは15年くらい前から仕事机の横にいつもある 【デュラエース7600 トラックハブ】 競輪用のプロ仕様ハブです。 気分転換&現実逃避に、こういうポリッシュの部品を磨くのは、心が落ち着くゾ(そうか?)
残酷なものや 非道な悪者が、不快感を呼ぶのだろうか? ならば 19歳の僕は ノロイには不快感を抱かなかった。 怖いはあっても、不快とは違う。 いや、美しいとさえ感じていた。
2年前にレモン・マイヨのフレームを引き取る事になったのは そのカラーリングに、サイクラーへの情景が何処かにあったのかもしれない。 ダウンチューブとシートチューブの胴抜きなんてそのものだし。 めぐり逢いに運命的なものを感じるのはノスタルジーに過ぎるか。
俗に言うオタクバッシングの頃は、僕はちょうど魔物ハンター妖子を売り出そうとしてる時期で ついでに名前が宮○○なので、迷惑だなあと思いつつ 作り手がそんな風潮に右往左往してどうする!って反発心もあった。 あの頃お客さんになってくれた人達には本当に感謝する。
こんぴーたーに 『七味撫子うのん』をフィギュア化してもらったよ。
サラッと描いたアオバとクルーザーだが きっちりこんぴーたー立体映えさせて来た。 後輪がちょいダブってるのはご愛嬌。