現在健康を考えて仕事は一日六時間くらいと決めている。これだと背景も含めた漫画の下絵は四〜六枚が普通である。構図や表情でつまずくと二〜三枚しか描けない時もある。スタッフが隣にいた時はプレッシャーでたくさん描けたが今はこんなもん。 それでは皆さんおやすみなさい🌙

SNSでさまざまな言葉が飛び交う昨今、繊細で複雑な感情を持つ人は生きづらくなった。そんな時代に深く警鐘を鳴らすのが岩泉舞先生の最新コミックスに収録されている超傑作短編(ロボットを捨てに行く)だ。しかしこうして彼女の最新作を手に取れる事がなんだか夢のようである。


今回のアナログ作画では墨汁を平筆につけてスライドさせる効果を多用している。でもこれ表面が多少ざらつきのある画用紙や和紙でやらないと上手くかすれないのでケント紙や漫画原稿用紙に描かれている方には不向きである。 それでは皆さんおやすみなさい🌙


天気の悪い午後は手塚先生の異色短編集空気の底、を読む。ロバンナという恐らくザ・フライが元ネタの超問題作があるが、諸星大二郎先生の短編肉食の誕生にキャラや展開がよく似ている。こちらが先なので諸星先生がリスペクトされているのかも。 それでは皆さんおやすみなさい🌙


少女漫画というジャンルに於いて背景描写に凝りまくった最初の漫画家は恐らく一条ゆかり先生。初期の代表作デザイナーは70年代のレトロな町並みや車、ファッション、インテリアなどが克明に描かれていて今見てもめっちゃお洒落である。 それでは皆さんおやすみなさい🌙




伊藤美誠ちゃんのサーブの時のこの感じが好き。

鬼滅の刃のアニメ観終わる。面白い。どなたか30年くらい前の少年ジャンプに描いていた岩泉舞を知らないだろうか?彼女のたとえ火の中…というとても好きだった読み切りをなんとなく思い出した。才能のある人だったが短編集一冊だけ出て終わってしまった。残念。

70年代にはアナログで信じられない細密な絵を描かれる少女漫画家が何人かいた。内田善美先生もそうだが私が筆頭に上げたいのは大矢ちき先生である。漫画家時代もものすごいが、雑誌ぴあに描かれていた頃の細密なイラストはなんだかもうアナログの限界を超えている。

25年前の絵を今のバランスで描き直してみる。何が1番変わったのかというとアゴかも?90年代は私以外の漫画家の絵も比較的アゴがしっかりと長かった気がする。硬いものを食べなくなった現代人はこの先ますますアゴが貧弱になり絵もそれに比例してゆくのかも。

松苗あけみのまんが道でおっそろしく遠い消失点からパースをとって描いたという伝説のコマ、二枚目参照の一コマ目であったと記憶しているのだが、コミックスの際このように描き直してあるのでこれは雑誌で確かめないと分からない(;'∀`)

画集は持っているが生は初めて見る伊藤彦造さんのペン画を鑑賞しに弥生美術館へ。なんかもう上手すぎて眩暈が…。昭和初期既にこんなペン画が存在していたとはもはやお手上げのレベルである。しかもホワイト修正一切無し!('Д`;)ノアゥ... それでは皆さんおやすみなさい🌙

昨今はは絶滅したが昔は雑誌に二色カラーというものがあった。塗る手間は四色と変わらないくせに原稿料は四色の半分という誰もがやりたくない悪魔のカラーであったヽ('Д`;)ノアゥ...

背景のパースが謎すぎるピンテージ少女漫画。このおおらかさが好きである。

またしても偉大な漫画家の訃報が。思えば小6の頃Dr.スランプの連載が始まって、あまりの絵のうまさとチャーミングさに唖然とした記憶が何十年の時を超えて蘇ってきた。まだお若いのに悲しすぎます鳥山先生… ご冥福をお祈りいたします。 それでは皆さんおやすみなさい🌙

デッサン力の優れた漫画家さんの何人かはパースの消失点をそれほど気にせずに見た目のアタリで描いていて、その方がむしろ自然だったりする。矢口高雄先生、一ノ関圭先生、多田由美先生。

ドリフ世代の私達にとって正直受け止めるのには時間がかかるかと思う。ただ思うのは喜劇王の彼にとって悲しいとか残念とか湿っぽい言葉で送られるのは絶対に嫌なんじゃないかと思うんだよ。だから…

スマホで漫画を読む時代のせいかよりシンプルでストイックなコマ割りが主流な今、あえて逆行してやたらと複雑で重層的でデザイン的でエモーショナルなコマ割りの漫画が読みたくなる私。お勧めは松苗あけみ、太刀掛秀子、おおやちき先生あたり。このエネルギーこそまさに昭和。