363年6月26日、ローマ皇帝ユリアヌスがペルシア遠征からの撤退中に陣没する。敵襲に対して陣頭指揮を執っている最中に受けた投槍の傷が致命傷になったと言われ、かつてキリスト教徒を迫害した皇帝が死に際して発した言葉は「ガリラヤ人よ、汝は勝てり」だったと伝えられる。 https://t.co/GQ1JLCOD7f

伝説によれば、西ゴート王ロデリックは教育のため王都トレドに送られていたセウタ総督ユリアヌスの娘フロリンダを陵辱し、その所業に憤激したユリアヌスは娘の復讐のためムスリムと誼を通じた。ターリクにユリアヌスは船団を提供し、それによってウマイヤ朝軍はジブラルタル海峡を渡ったという。 https://t.co/PxAzRlFoU4

ヴァーツラフ4世は父帝カール4世没後の1379年にローマ王として親政を開始したが、度重なる失政を犯したため1400年にローマ王を廃位されている。「怠惰王」あるいはその酒癖の悪さから「酔っぱらい王」とあだ名された。また短気な性格でもあり、料理人の未熟さに腹を立て殺害したともいう。 https://t.co/SPUydYWKuM

1191年9月7日、ヤッファの北に位置するアルスフにおいてイングランド王リチャード1世がサラーフッディーン率いるイスラム勢を破る。イスラム勢を撃退したリチャードは9月10日にヤッファを占領しエルサレム攻撃の準備を進めるが、堅固な守備態勢のエルサレムを奪回することは出来なかった。

1000年9月9日、スヴォルドの海戦においてノルウェーの艦隊がスウェーデン、デンマーク、ヴェンドランドの連合艦隊に破れ壊滅する。ノルウェー王オーラヴ1世は最後まで旗艦「長蛇号」の上で奮戦し、敵の刃に倒れる前に自ら海中に身を投じたという。


紙の教科書には「落書き」という無限大の可能性がある。

_人人人人人人人人_ > ルター激おこ < ‾Y^Y^Y^Y^Y^Y^‾

「ものを褒める時、推す時に必ず他のものを貶さなくては死んでしまう人」と会話すると疲れてしまうのであった。

赦し

自然派、オカルト、陰謀論を信じている人々に多い傾向として「自然のもの、天然のものは科学(ひいては学問)で説明できない」という信念が存在する。 自分も、かつて「市販の塩は駄目だよ、NaClという化学物質なんだから」と怒られたことがある。

ちいかわ(なんか地位を失ったかわいそうな奴)

「令和と江戸時代、民主的だと思うのはどちらですか」という投票が流れてきた。

トーマス・エジソン #子供の頃と今とで見方が変わった偉人

「大河ドラマは史実と違う」という記事を毎週のようにYahooニュースのトピックで目にしますが、書いているのが大体いつもの面子ですね。

大河ドラマに関して「史実とかけ離れている!」「子供には見せられない!」という某週刊誌の見出しを見かけた時の顔。

出勤する前から退勤する気まんまん

中世の落書きにも味がある。