ドラマ『すべて忘れてしまうから』の岨手由貴子監督とスタッフの皆さんと、小さく打ち上げ。いい夜でした。また一緒に仕事ができるように頑張りたい、と思った夜でした。
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前回の週刊新潮『それでも日々はつづくから』の大橋裕之さんのイラスト、ネコのぽってり感がかなり好きでした。週刊連載は大変ですが、毎週どんな挿し絵を大橋さんが描いてくれるかを、密かに楽しみにしています。
レッドブル3杯くらい飲んでチタン観たら、脳がバキバキになった。グラグラになった、だったかもしれない。ゲラゲラ笑った、だった気もする。わからなくなった。またやりたい
年下の先輩カツセくんから本が届いて風呂で読みながら、彼のすべてを羨ましいと思う自分が情けない。がんばろう自分
人生で、安達哲の『キラキラ』と『さくらの唄』を何度も買ってる。また買った。誰かが持ってくか、あげてしまっていつも読もうとするとない。
昨日、コクーンで舞台を観て、改めて舞台は現場に行かないと、なんだなぁと思った。WOWOWで見つけて観るとラッキーとは思うが、これ現場だったらどんなによかったかとしか思わない。どこを観てもいい、匂い、音響、光、一期一会、共犯関係。また浅いことを言ってしまっている気がする。不安だ
バイト雑誌で五反田イマジカの雑用係に応募して「彼の下で働いて」と紹介されたのが今の会社の専務だった。初日「俺、起業するから雑用で来いよ」と誘われる。雑用から雑用へ。そこから22年。今日その専務に辞めたいと伝えた。社長預りになった。夕方、原稿を途中まで書いて力尽きた。飯食うのを忘れた
あらゆる欲が多分、人より薄めなんですが、Tシャツ欲だけは強めだ。買ってしまった。2500円。
森義仁監督と『すべて忘れてしまうから』のプロモーション映像の詰め作業。書いたものがその人の解釈によって映像化されたのを観るのは楽しい。前の小説を好きでいてくれた人たちが集まって作ってくれたことが更に嬉しい。「いつか一緒にやろう」という流れそうな約束が流れなかったことが一番嬉しい。
前の本を出す時に宣伝映像を作りたいと伝えると「普通、小説でやらないから」と言われたが押切って作った。今回も作りたいという話をした。予算ない中、協力するよとハルカトミユキに曲を書き下ろしてもらい、ドラマ「恋のツキ」や欅坂のPVを監督してる森監督が協力してくれた。仕上がるのが楽しみだ。
旅館にある本を読んでいたら、「セザンヌには金と時間があり、締め切りがなかった」という一文をみつけた。雨の中、露天風呂に入っていたら、だいたいのことがどうでもよくなってきて気持ちよかった。今朝は晴れて、空気が澄んでいる。
BIG WAVE
今日、スタジオに鴨さんがいてくれて嬉しかった。前にFMに出た時も、楽屋に入ったら鴨さんから花が届いていて、助かった!と思ったことがあった。全部終わったあと、鴨さんのオープンカーで送ってまでもらった。今日は一日優しい人にしか会わなかった。山家からNHKに向かい、色々あってまた山家にいる
昨日は緊張したけど良い出会いがあった。解散したあとに食べたラーメン凪は、しょっぱかった。帰り際たまたま覗いた店で、二村さんを発見。カウンターの他のお客さんに文庫を読んだぞ良かったぞと、褒めていただいて心底嬉しかった。真面目な人だなと思ったら職業、刑事だった。ここは卑猥で優しい店。
花見だってしたい、という一文を含んだメールを送っただけなのに、桜は去年も見たじゃないですか、という衝撃的な返答と納期が記されたメールが届いた。この瞬間働いてるすべての皆様に幸あれ
映画を観終わって、そのまま映画館の売店でサントラを買ってしまった。久しぶりにCDを買った。久しぶりに外側の紙を、ケースの内側に挟んだ。
自閉症のもう一人の青年は、施設内に架かる橋の錆びた部分だけに絵の具で色を塗っています。しばらく一緒にいると錆びた部分だけを塗る気持ちも、その色を選ぶ気持ちも理解できるような気持ちになりました。帰り道、暗闇の中でお婆さんが、火を起こしていました。ゾッとするほど火の粉が美しかったです
日々は時間の奪い合い。打合せの場所も偉い方が決める。強い方の近く。だから港区を行ったり来たりと今日も繰り返す。あともうちょっとで着きます、とメールを打ち込みながらパタパタ歩く。つら。鳥取県倉吉の写真を千代田線に乗りながらチラ見。大昔の記憶のように感じて寂しい。みんな元気だろうか。
知らない町の知らない路地を真夜中歩いていると、ふとしがらみを断ち切ってこの町のどこかで働いていけないだろうかと考えてしまう。知らない町の知らない路地に猫がいた。アパートに明かりがついていて洗濯物が干したままになっている。ここで紅白を見ながら年越しをするのだろうかと想像してしまう。
空港までタクシーだとわかると、親切な方が、倉吉の駅まで車を出してくれた。車内で、彼はこの町の昔の話をしてくれた。自分がどこでどうやって生きてきたのかの話だった。昨日まで知らなかった人だとは思えないほど、こちらも昔の話の話をしていた。自分がどこでどうやって生きてきたかの話をしていた
もしこっちに来たいならここをいつでも使っていいから、と一軒家を一部屋一部屋案内してもらった。シャワーもこたつもすぐに使える状態だった。前の住人が画家のおばあさんだったらしく、大きな油絵が何枚も飾ってあった。ここで暮らし始めたらどうなるだろう、と思いながら後ろをただついて回っていた
今日この仕事に就いて22年目?らしく、制作の人にお祝いしてもらった。22年の間に4回休職してる。一番ひどかった時は電車に乗れなくなり、社長がわざわざウチの最寄りの駅まで来てくれて、休みたい、と告げた。半年は休んだと思う。あの日のことはやけに鮮明に覚えてる。社長のおかげだと思ってる。
そして舐められたとしてもまた働く。同じ場所に立つ。いつか舐められの向こう側に行くためにまた働く。まだ消耗してるの?なんて言われたら、消耗してねえよ、燃焼してんだよと答える。また不条理なメールが届く。でもやるんだよ、という言葉を思い出す。根も葉もある痛いことを突っ込まれる。でもやる
自分の小説に「美味しいもの、美しいもの、面白いものに出会った時、これを知ったら絶対喜ぶなという人が近くにいることを、幸せと呼びたい。」と書きました。ジグソーパズルの最後のピースをはめ込むみたいに、〆切最後の日にその言葉を小説にはめ込みました。昨日の大阪の夜はそんな幸せな夜でした。