荻窪『6次元』主宰/美術家。著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『本の世界をめぐる冒険』『描いてわかる西洋絵画の教科書』『洋画家の美術史』『こじらせ美術館』など18冊。日米で金継ぎしたり、絵を描いたりしています。長野と東京で2拠点生活はじめました。https://t.co/EmCyP0cB9Q
ブルガリア最古のゲオルギ教会へ。ローマ浴場として 4 世紀に建てられ、ビザンチン時代に教会になった。長い間、風呂と教会が人々を救済して来たことが興味深い。
松と垣根文様が美しい能登呼び継ぎ茶碗が出来た。大樋焼と九谷焼を輪島漆でつないでいます。「見立てること」で比喩的なメッセージが伝わればうれしく思います。
地震で割れたコンクリートに金を入れて《キンツギハウス》っぽくなってきた。赤い部分は、ベンガラ塗りの廊下をはがしてヨビツギした。
森美術館ではじまった「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」がホントに素晴らしかった。見るアートセラピーという感じ。ゾワっとする作品がたくさんある。~ 2025.1.19まで。
壊れたハタ織り機と板戸を分解、再構築して大きな作業用テーブルを作った。《家具の呼び継ぎ》は可能性がある。立体的なブリコラージュは俳句的で詩的な感じもする。記憶と記憶が混ざり合う感じ。
ウルシの枝を草刈り中に1本折ってしまった。根本から白い樹液がドバッと出てくる。そして、かさぶたのように自然治癒する。やはり、ウルシ活用の根源は、植物が損傷を受けた部分を補修する働きなんだなと、しみじみ実感。
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輪島の納屋を解体した古材は、かまど用の薪に再利用した。燃やすたびに、家を弔うような気持ちになるけど、それも諸行無常な感じで悪くないと思った。
輪島の家が近々、解体されるので、使える木材、建具を上諏訪に引越しした。古民家の呼び継ぎっぽい感じ。
アンドリュー・ワイエス展が大山崎山荘美術館で9/14からはじまる。行きたい…。
諏訪で育ててるウルシは、日当たりが良いところだけ葉っぱが巨大化している。5月に霜でやられたけど、なんとか再生してくれた。標高1000メートル超えてるとちょっと厳しい環境なのかも。隣の農家のおじさんもこの辺では昔からウルシやってる人いないねーと言っていた。
あっという間に稲穂がすごいことに…。今年は時間の流れが早い。
昨日、青森の津軽からどうしても金継ぎして直したいと、おじいさまが来店。美しい九谷の獅子香炉だった。次は、萩の茶碗を直したいから、また来月、来ます、と津軽弁で言われた。なんかいい1日だった。何かが修復されたことは間違いと思った。
パレスチナの伝統工芸として知られるヘブロン陶器を金継ぎした。現地はいま、どうなっているのだろう。
金城次郎の大きな鉢を金継ぎしたWさん。祖母が買って以来、エダマメを入れたりして長年使ってきたらしい。人間国宝になる前の作だから、さらに素朴で色味も味わい深い。使って育てた感じがすごくいい。
すごい蒔絵…下書きなし。Sさんが文様の練習で描いてるんだけど天才かと思った。
能登の金継ぎボランティアで直したバラバラの大樋焼。最後は輪島産の漆で仕上げたので半年かかったけど「家宝が復活しました」と喜んでくれた。途中、ヤスリがけなど手伝ってくれた皆さんもありがとうございます。
ウェイン・ティーボーの画集『デリシャス・メトロポリス』がじわじわくる。ティーボーは若い頃、カフェで働いていてスイーツを描くようになったらしい。
バラバラに砕けた茶碗も時間をかければ、こんな感じで復元できます(こちらは能登からの依頼品)。
螺鈿天目。うつくしき神秘の色彩。
能登半島地震の後、壊れた古民家を直したり、漆を植えたり、修理したうつわを届けたり…といった日常を密着取材した撮影が無事終了しました。来週27日夜、TBS「news23」をぜひ。
解体した小屋を薪にしたけど、まだ薪ストーブがない。何かのインスタレーションみたいな感じ。廃材でベンチと小さなウッドデッキを作った。
九谷焼のUSBメモリが、ついに壊れた…。約8年使ったけど、美しくて日常が潤った。直したい。やはり、壊れても壊れても直したくなるようなものを作らないといけない、と思った。
輪島から東京に戻りました。もしボランティア等で数日、能登に滞在する方、小屋でよければご自由にお使い下さい(無償)。ストーブ(灯油有)、食料、水、トイレ、寝袋、電池式ランプ、カイロ等あります。場所は輪島市門前町です。連絡はDMで。
輪島の家は半壊しました。幸い蔵が無事だったので居住空間を作りました。もしポータブル蓄電池や薪ストーブを譲って頂ける方いたらDM下さい。災害の時、一番便利なのは薪かも。料理もお湯も沸かせるし、燃料もすぐ調達できる。昨日もブリキ缶に火を灯し、みんなで暖を取る様子を何回も見かけた。