since 1962 🔱
Arthur Dove
John Marin
その最初期の作、それから50年代のメキシコ再訪の際の風景画から、画家の根底にセザンヌがあり続けていたということを感じた。思いの外、様々なスタイルでデフォルメが行われたにしても。
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Pierre Bonnard
モンドリアンはその初期に水彩というメディウムに相当傾倒していたのだな。
Edward Hopper
Willy Spiller
多分1982年(多分2浪のとき)のドローイング。人を描くのは一貫して好きだった。
今日、東京の教室で行った水彩による混色の実践の色見本。
Jean Antoine Watteau
村山槐多のデッサン。若い頃、これらに影響を受けるというのはなかった気がするが強烈に記憶に刻まれるものではあった。実は無意識裡に深いところで影響を受けていた気もしてくる。
AIによるスケッチ"moon landing"
ロシア(ソビエト)の絵画というのは西洋(西欧)美術史の進化論における蚊帳の外みたいなことではある。ことにアカデミックを保持したリアリズム絵画というのは"停滞"として無条件で蔑視されがち。それこそ「キッチュ」として。
Nikolai Alexandrovich Yaroshenko(?)
これはいわゆる「純色」「清色」「濁色」の概念に対応するものだけれど、透明水彩における濁色=Toneっていくぶんわかりにくい。それは純色を水で薄めて黒を加えるということになるかと(白を使わないという原理に則れば)。
2020年のコロナ自粛(と同時の実家の片付け)で、おおいなるリセット感に襲われつつ、奥底から出てきたのは10代後半より抑圧に抑圧を重ねてきたアカデミック・ドローイングへの指向だった。本当にやりたかったこととして、これらは冗談ではなく泣きながら描いてるかんじだった。セラピーのようだった。
明治の写実と大正のアヴァンギャルドというと、こういうかたちでたいていの人は納得する。がしかし。
W. B. Yeats | Tattwa cards
魔除けとしての絵画というものを考えた時、思い浮かぶのはゴーギャンの影響下によるナビ派の興りとしてのポール・セリュジエの「タリスマン(護符)」と名付けられた絵。あるいは「悪魔祓いの時期だった」とピカソ自ら回想するキュビスム前夜ともいえる「アフリカ時代」の絵たち。