あなたなりに人を笑顔にできることがあるなら、人の役に立つことで夢中になれることをみつけたならそれを一生懸命やってみなさい。やってみようとした。そしたらそれは1人ではできなくて、身近な人やここで出会う温かい人達、そういう人達がいてくれてこそできることなのだと気がついた。いつも成長させてくれてありがとう♡ 感謝してます。
どっちにするか迷った時には それを選んだその先の自分が 自分のことを嫌いにならないほう、 自分のことを好きでいられるほうを選ぶ。
〝バイバイ〟じゃなくて「またねー!!」と言ってくれた言葉たちは姿が見えなくなってもずっとわたしの中に残ってて寂しい気持ちを消してくれて嬉しい気持ちにしてくれてずっとわたしをあたためてくれてる。優しい言葉。「またね。」
心はいつだって自由でいいんだよ。
〝大丈夫じゃない〟を溜め込まないこと。吐き出すこと。大切なこと。
一緒に過ごしてくれる周りの人を大切に
病気は嫌だよ。だけどなんだろ、なんだろと思う症状に名前がつくとほんの少し安心してほんの少し不安は消える。
心が弱くなった時にふと思い出す〝思い出〟がお守りになったり強い味方になってくれたりする。 だから人が人につくる〝思い出〟は苦しくないもの、辛くならないものであってほしい。 思い出は優しいものであってほしい。
口先だけならいらないんだよ。
相手に言うのと自分の中で思うことはまた別。
〝当たり前〟って思ってるうちは気づかない。
守ってほしいんじゃなくて寄り添ってほしいんだよ。
今日はいきなり冬がきたかのような寒さでした。みんな大丈夫だったろうか。自販機であったかいの買おうとしたら全部〝つめた〜い〟で〝あったか〜い〟はなくて悲しみでした。そろそろ〝あったか〜い〟入れてほしい。そろそろ寝るよ。また明日ねおやすみなさい
好きなものは好きなままでいいんじゃない?好きなものはずっと好きでいたらいいのよ。私は〝これが好き〟を大事にね。
生きる力とは夢とか希望とかそういうものだと思っていたけれど憎しみとか怒りとかそういうものを〝生きる力〟にして生きている人もいるのだと知った。人を憎んだり怒ったりすることはあるけれどそれらを〝生きる力〟に変えなければ生きていけないほどのことがこの人にはあったのだと胸が痛くなった。
早ければ良いというものではない。早い子もいるだろうけど遅い子もいる。それだけのこと。それだけのことなんだけど何かとこの世の中は〝遅い〟を良くなく言ったり決めつけたりする。遅いのは良くない?そんなことない。何でもかんでも早い方が良いだなんてそんなことない。遅くても大丈夫だよ。
親なんだから 友達なんだから 仕事なんだから 客なんだから って なんとかなんだから して当たり前 してくれて当たり前と思わずに そこで 「ありがとう」 と言えたらとてもとても素敵だね
暑いしお見送りなんてええからと言っても絶対に外に出てきて私の姿が見えなくなるまで見送ってくれてた。ふと気がつけば私も妹や友人が帰る際にはいくらええよ。と言われても必ず姿や車が見えなくなるまで見送ってる。大好きで大切な人だから。あぁ…そういうことか。会いたいよ、ばあちゃん。
どろんこになったって いろいろ周りの人に言われたって きみの顔に笑顔がつくれるなら なんだってへっちゃらさ。 きみが笑えばHappy ほんの少し ほんの少しかもしれないけれど きみと一緒に笑う時間ができるなら それでそれだけで最高にHappy
他人が他人の容姿を良くないように無責任に言うもんじゃないよ。そんなことを言うのだとしたらその人の健康面を本当に心配した時にちゃんと親身になって言うてほしい。軽く無責任に痩せろ。太れ。細い。太い。痩せすぎ。言うもんじゃない。その言葉で心も体も悪くしてしまう人もいるのだから。
今日も私は〝私〟で行こう!
わたしが頑張れるのは あなたがいてくれてるから。 ありがとう。 そばにいてくれて。
元気がない日があってもいい。
お友達が自分より背が高かったとしても自分より美人だったとしても自分よりお勉強や運動ができたとしても自分より何でもできたとしてもそれは〝負け〟ではない。誰かと誰かを比べて〝勝ち〟〝負け〟なんてないんだよ。だから〝負け〟だなんて思わなくていい。〝負け〟ではないんだから。