Tu fui, ego eris.
ジョゼフ・カルメット「ブルゴーニュ公国の大公たち」を読み終えた。フィリップ豪胆公からシャルル突進公までの治世で拡大と強化を続けた公国は、かつて存在したロタリンギア王国を再興する試みであったという解説に納得させられた。王冠こそ戴かなかったものの、代々の公は実質的な王であった。
馬に乗らずにカブに乗る佐殿 #平和な鎌倉殿の13人を考えてみた
第4回十字軍「エジプトに行こうと思っていたらコンスタンティノープルを攻め落としていた」 #みんなの狂った旅程を教えて
FIATのツインエアは21世紀の自動車用エンジンとしてはあり得ないほど癖が強いが、本来排除されるべきNVH(Noise, Vibration, Harshness)を「過去のオマージュ」として味方にしているので強い。
デアゴスティーニから「隔週刊・暴れん坊将軍」が刊行されると聞き、「毎号一つずつのパーツを組み立てて、君だけの上様を作ろう!創刊号はちょんまげが付いて490円!」かと想像したが現実は違った。 (DVDコレクションだった)
バーチャル蛮族 ネット上で見境なく暴れる人々。主にSNSに棲息している。
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今回のオープニングは摩利支天。 #どうする家康
後に結城秀康が戦場で用い、越前松平家に伝えられた合印「剣大」は、幼少時に秀康を扶育した本多重次への恩を忘れぬために兄信康から授かったものである。本多の「本」を分解し、「大」の字に槍の鞘を象った「十」を組み合わせている。津山藩に伝えられ、現在は津山市章となっている。
ほぼ一致
MSX全盛期のコナミは輝いていた。グラディウスはMSX初のメガロムであり、グラディウス2では専用の音源チップSCCを搭載していた。
コサックおじさんには、常人離れした身体能力とふてぶてしさを持っていて欲しいと願う。
アルブレヒト・デューラーによるアイルランド傭兵の素描と、その再現写真。
改めて考えてみると、たとえモンゴルが攻撃の限界点に達していたとしても対等以上に戦って撃退したマムルーク朝はやはり強い。
検索すると、亀戦車T-34画像が大量にヒットした。
本多忠勝は敵将の情けに感謝し、戦場を離脱する際に名を問うた。武田勢の指揮官は小杉左近と名乗った。 後日、一言坂の戦場に狂歌を綴った落書が落ちていた。 「家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八」 一説では小杉左近が書き残したものとされ、この落書で本多忠勝の武名は轟いたという。
イングランドにおける戴冠式としては、デーン人を打ち破ったアルフレッド大王が872年に塗油され即位したと「アングロサクソン年代記」にあるのが最古のものである。現代にまで通じる戴冠式の要素は、973年にバース修道院で行われたエドガー平和王の戴冠式に遡ることができるという。
「スクーンの石」が埋め込まれていた頃の「エドワード王の椅子」(1855年)
今日はあまり外出せず家にいたので、ゆっくり本が読めた。
琥珀の道 古代から中世にかけて、北海やバルト海沿岸で産出される琥珀を運んだ交易路。琥珀は「北の黄金」とも呼ばれ、ヴィスワ川やドニエプル川など水運を利用して地中海世界へと運ばれた。
ブランダーバス(blunderbuss) 日本語でラッパ銃とも呼ばれる、近世の火器。大口径短銃身の小銃であり、砲口が広がっている。オランダ語のdonderbus(雷の筒)が語源であり、blunder(混乱させる)と合成されブランダーバスと呼ばれるようになった。発射時の爆音が雷を連想させたためだという。
火器で武装した竜騎兵からしか得られない栄養がある。
中世においても、ブドウの圧搾は足踏みで行われていた。欧州各地の修道院が産業としてワイン醸造を行うようになると、次第に機械式圧搾機が普及した。圧搾機普及の一因として、樽の中で足踏みする労働者がしばしば(おそらく酸欠による)窒息死をした記録があるため、安全性を考慮したとも考えられる。
ワイン造りのブドウ圧搾。古代では、人が素足で踏みつけることで果汁を圧搾していた。しかしクレタ島ではオリーブの圧搾機を応用したテコ式の圧搾が行われており、また大カトーは著書「農業論」の中で機械式圧搾機について記している。 (一方で機械的圧搾は不純物が混じるため評判が悪かったという)
日本:清水の舞台から飛び降りる チェコ:プラハ市庁舎の窓から放り投げられる