Tu fui, ego eris.
小早川秀秋所用の猩々緋羅紗地違鎌模様陣羽織。背に縫い付けられた「違い鎌」は諏訪明神の神体であり、敵を薙ぎ倒す尚武の気風を表す。鮮やかな猩々緋地の羅紗陣羽織であり、戦国武将の戦陣装束をよく表す一品である。 (重要文化財、東京国立博物館所蔵)
江戸城の天守閣は慶長、元和、寛永期含めて50年程度で明暦の大火によって焼失し、以後再建されなかったので「戦なき世に天守など無用じゃ!ガハハ!」と言っていれば良いと思う吉宗であった。 (保科正之も同じことを言っている)
渡辺守綱が上杉征伐の際に家康から南蛮胴具足を下賜された時、家康所用の南蛮胴と同じ意匠だったことから「儂も殿の影武者じゃ」と喜んだという真偽不明の話をどこかで見た記憶がある。今年の「どうする家康」の守綱なら言いそうな微笑ましい逸話ではある。
センシティブな可能性のある画像です。表示するにはログインして設定を変更してください
ミリタリーミニチュアの野戦指揮官セットを思い出してしまいました。
第二次ウィーン包囲において、ポーランド王ヤン3世ソビェスキが着用した兜。フサリアの兜は、実用的な無骨さと傾いた派手さが融合していて美しい。
鉄格子の上で火炙りにされた際に「こっちはもう焼けたのでひっくり返していいよ」と伝えて殉教した聖ラウレンティウスは、料理人とコメディアンの守護聖人となった。 #どうでもいい知識でフォロワーの貴重な脳細胞を無駄に消費させたい
鳥居元忠を討った鈴木重朝は、関ヶ原合戦後に旧知の伊達政宗に保護され、その後徳川家に仕官。水戸徳川家の重臣に列している。元忠の遺児忠政に元忠遺品の甲冑を返還しようとしたが「お家の名誉に」と贈与され、以後鈴木家では元忠の命日に床の間に飾って供養したという。 #どうする家康
紺糸素縣縅二枚胴具足(兜は幕末期) 鳥居元忠の甲冑や遺品は討ち取った鈴木重朝の所有するところとなったが、後に重朝が徳川氏に仕官した際に元忠の遺児忠政に返還を申し出た。忠政は感謝して血染めの肌着などは受け取ったものの、甲冑は「お家の名誉にされよ」と固辞したという。
#お前らロボット所持解禁されたら何持つの
中折式リボルバー #お前ら銃所持解禁されたら何持つの
#タイツの日
「トリックオアトリート!トリックオアトリート!」
これが日本だ! (江戸末期から明治期の写真)
世界最古の麺。2005年に中国青海省の喇家遺跡から発見され、放射性炭素年代測定で約4000年前の新石器時代に作られたものと確認された。粟が原料で密封された器に収められており、器の内部が半真空状態だったため残存したと考えられている。
第一次ひこにゃんブームの時に生み出された派生ひこにゃんを「ひこにゃん」フォルダから発掘した。
色々な変わり兜。総金属製では加工も至難で重量も嵩むことから、装飾は和紙や皮革で作られていた。 (ここまで派手な形状は実戦に適さないので、やはり装飾用の兜なのだろう)
ムミヤ(mumia) ミイラから採取された黒い樹脂状の物質は、湿布剤や解毒剤としての薬効があると信じられた。近世の欧州ではミイラの需要が高まり、エジプトでは数多くのミイラが盗掘されて損壊させられたほか、砂漠での遭難者や墓地から盗掘した遺体に香料や没薬を詰めた偽ミイラが流通したという。
暴れん坊将軍、「実は高貴な身分だが下々と交流したい、剣の達人だけど実戦経験だけ不足していて、同情の余地もない悪人をドシドシ成敗したい」というのは、増えてきた高齢独身者層の願望を如実に表している…そして、この層は時代劇専門チャンネルに金払える。上手い。
10月20日は「とう・はつ」で、日本毛髪科学協会が定めた「頭髪の日」になるそうです。
ヴォルテール「かつてTwitterと呼ばれ、今なおそう呼ばれ続けているこのSNSは、いかなる意味においても正しい言論の場でもなければ、イーロン・マスク的でもなく、何よりもXではなかった」
ハプニングバー(飲んでいると唐突にキャリー・ネイションが乱入してくる)
眼鏡をオーダーしてきた。これまでは大きめのウェリントンだったので、今回は細いフレームの丸眼鏡にした。
「ヴォーパルバニー」がトレンドに入っている。Wizardryでこちらの首を切り落としてくるウサギが有名だが、映画「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」の殺人ウサギが源流にある。さらに遡れば中世写本の人間を襲うウサギに辿り着くので、大変に歴史は長い。