Watanabe@nabe1975

Tu fui, ego eris.

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Watanabe@nabe1975 002023年1月21日 13:46

唐代のパン焼き。穀物を脱穀し、ふるいにかけ、石臼で製粉し、練って焼き上げる。無発酵の平焼きパンと考えられる。

Watanabe@nabe1975 10292023年1月15日 19:57
Watanabe@nabe1975 2102023年1月15日 07:53

69年1月15日、マルクス・サルウィウス・オトがローマ帝国皇帝ガルバを殺害し帝位に就く。しかし三ヶ月後には低地ゲルマニア軍団司令官ウィテリウスに破れ自害し、短い治世を終えた。

Watanabe@nabe1975 022023年1月14日 21:07

青海子微(せかい・しび)古代中国の学者、官僚。科挙の試験官を幾度も務めたが、「科挙」を「科拳」と誤記した結果、静かな殿試会場が一転し進士達が拳で殴り合う武闘会と化したという。現代日本において世界史Bの試験で誤記があったのも、偶然とは思われない。(民明書房刊『必殺!合格拳』より)

Watanabe@nabe1975 012023年1月11日 20:20

Twitter Yellow

Twitter Yellow
Watanabe@nabe1975 042023年1月8日 20:40

騎馬で疾駆する元康。子孫も走っているよ!#どうする家康

騎馬で疾駆する元康。子孫も走っているよ!#どうする家康
Watanabe@nabe1975 002023年1月7日 19:37

隋末唐初の武将として知られる尉遅敬徳の尉遅氏は伏闍とも書かれ、西方由来の複姓である。ホータン王家も尉遅姓であり、その姓はヴィジャヤ(Vijaya)であったことから、尉遅や伏闍はヴィジャヤを音訳したものと考えられる。

隋末唐初の武将として知られる尉遅敬徳の尉遅氏は伏闍とも書かれ、西方由来の複姓である。ホータン王家も尉遅姓であり、その姓はヴィジャヤ(Vijaya)であったことから、尉遅や伏闍はヴィジャヤを音訳したものと考えられる。
Watanabe@nabe1975 112023年1月7日 09:17

九尾の猫(Cat o' nine tails)英国の海軍や陸軍で19世紀頃まで使われていた、体罰用の鞭。先端が9本に分かれており、麻や木綿の素材にタールが染み込ませてある。細く鋭い先端は容易に皮膚を引き裂き、苦痛を与えることができた。

Watanabe@nabe1975 002023年1月2日 20:29

「ララ、このお手々にちょうどいい帝都下さい」するとチャンダルル・ハリル・パシャは、おやおやと思いました。征服者の手です。征服者の手が帝都をくれと言うのです。これはきっとコンスタンティノープルを征服に行くんだなと思いました。

Watanabe@nabe1975 102023年1月2日 11:12

「ゴーン、お前だったのか」今となっては懐かしい。

「ゴーン、お前だったのか」今となっては懐かしい。
Watanabe@nabe1975 002023年1月1日 15:24

兎の紋章を調べているが、ドイツ語圏で色々見つけることができた。メクレンブルク=フォアポンメルン州クンメロー地区の紋章。

兎の紋章を調べているが、ドイツ語圏で色々見つけることができた。メクレンブルク=フォアポンメルン州クンメロー地区の紋章。
Watanabe@nabe1975 002023年1月1日 14:33

ニューヨーク・メトロポリタン美術館収蔵品の兎形兜(16世紀)

ニューヨーク・メトロポリタン美術館収蔵品の兎形兜(16世紀)
Watanabe@nabe1975 002022年12月30日 08:11

TLの多くの人々が「いざ有明」している。

TLの多くの人々が「いざ有明」している。
Watanabe@nabe1975 002022年12月30日 07:33

以前、エジプトのミイラ肖像画が阿部寛氏に似ていると話題になっていたことを思い出す。

以前、エジプトのミイラ肖像画が阿部寛氏に似ていると話題になっていたことを思い出す。
Watanabe@nabe1975 012022年12月29日 20:18

#ほぼ一致

#ほぼ一致
Watanabe@nabe1975 012022年12月29日 20:17

厳冬期のロシアでは、車を軒下に停めておくと氷柱でハリネズミのように変貌してしまうらしい。

厳冬期のロシアでは、車を軒下に停めておくと氷柱でハリネズミのように変貌してしまうらしい。
Watanabe@nabe1975 002022年12月29日 17:05

鎌倉殿の総集編が終わったら、再び「いだてん」総集編を見たくなる源仲章。#鎌倉殿の13人

Watanabe@nabe1975 012022年12月28日 18:28

高山右近は同輩の武将として、また同門の茶人として蒲生氏郷や細川忠興と親しく、小田原の陣では二人を招いて共に牛肉を食べたという逸話が伝わる。

Watanabe@nabe1975 032022年12月27日 19:14
Watanabe@nabe1975 022022年12月26日 19:32

幕末に西欧を訪問・留学した人々の日記を調べているが、時折「コンニャク」と出てくるのは「赤ブドー酒」や「サンパン酒」と併記されていることから考えるとコニャックで間違いないかと思う。

幕末に西欧を訪問・留学した人々の日記を調べているが、時折「コンニャク」と出てくるのは「赤ブドー酒」や「サンパン酒」と併記されていることから考えるとコニャックで間違いないかと思う。
Watanabe@nabe1975 022022年12月23日 19:34
Watanabe@nabe1975 022022年12月21日 20:05

コーヒーに「珈琲」の字を当てたのは、幕末の津山藩医にして蘭学者の宇田川榕菴であったという。「珈」は珠を垂れ下げた髪飾り、「琲」は珠を連ねた飾りを意味する漢字であり、どことなくコーヒーチェリーを想起させられる。