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Vatanabeus
@nabe1975
Tu fui, ego eris.
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Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-19T05:34:53.000Z
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気温
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-18T19:36:04.000Z
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そのうち鹿を馬と呼ばされそうではある。
Vatanabeus
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2025-09-16T19:30:58.000Z
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日本で白菜の安定した栽培に成功するのは明治末期から大正初期にかけてであり、家庭の食卓に上るようになるのは昭和初期だという。白菜は同じアブラナ科植物と交雑しやすく、種自体は江戸時代以前から度々渡来していたものの、安定した栽培がなかなか成功しなかったのだという。
Vatanabeus
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2025-09-16T08:46:13.000Z
1
名前が不明な人を指す俗語「名無しの権兵衛」は、一説には深川の岡場所に由来する。岡場所は幕府非公認のため正式に遊女を雇うことができず、遊女に男性名を名乗らせることで目こぼしされていた。この名を権兵衛名と呼び、雇われてまだ名のない遊女は名無しの権兵衛と呼ばれたのだという。
Vatanabeus
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2025-09-15T13:11:38.000Z
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時代世話二挺鼓 山東京伝作の黄表紙。天明8年(1788年)刊行。 東国で新皇を称した平将門を討伐するため、俵藤太秀郷が東国へ向かう。秀郷と将門は料理勝負や遊芸勝負、知恵比べなど様々な勝負を行い、最終的に秀郷は将門を討つ。
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2025-09-14T09:27:31.000Z
1
倉橋格(恋川春町)は駿河小島藩に仕える武士で、側用人まで出世した人物である。「鸚鵡返文武二道」が松平定信を風刺した内容だったため寛政元年(1789年)に幕府から召喚されるが、病を理由に出頭せず隠居し、ほどなく没した。
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2025-09-14T09:13:13.000Z
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朋誠堂喜三二「文武二道万石通」と恋川春町「鸚鵡返文武二道」は蔦屋重三郎の耕書堂より刊行され、唐来参和「天下一面鏡梅鉢」も版元は耕書堂とされるが定かではない。いずれも寛政の改革を進める松平定信と幕府の逆鱗に触れ、絶版となった。朋誠堂喜三二は戯作を断筆、恋川春町はほどなく没した。
Vatanabeus
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2025-09-14T09:06:08.000Z
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天下一面鏡梅鉢 寛政元年(1789年)刊行、唐来参和作の黄表紙。
Vatanabeus
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2025-09-12T19:42:14.000Z
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象の背中に載せられた騎乗用の櫓をヒンディー語でハウダー(हौदा, Howdah)と呼び、貴人の移動用から軍用櫓まで様々な形状が存在した。特に戦闘用の櫓は高く頑丈に作られており、古代世界で使われた戦象の伝聞から中世写本の「背中に城を載せた象」のイメージが描かれたと考えられる。
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2025-09-08T07:57:09.000Z
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気砲 国友一貫斎(1778-1840)が製作した空気銃。オランダより渡来したポンプ式を模倣したものだが、一貫斎は「小児の弄びにひとし」と厳しく評価し改良を加えている。松平定信ら諸侯から注文が殺到し、一時は幕府から製作を禁止されることもあった。
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2025-09-07T19:48:16.000Z
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大田南畝は寛政4年(1792年)9月に学問吟味を受験するよう命じられるが、「呉子胥論」という試験の論題に対し「呉の国の子胥か、伍氏子胥か」と揚げ足を取ったため落第させられている。 南畝が御目見得以下の甲科及第首席合格となるのは、寛政6年(1794年)2月の第2回試験である。
Vatanabeus
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2025-09-07T19:09:54.000Z
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画本虫撰(えほんむしえらみ) 天明8年(1788年)頃、耕書堂刊。喜多川歌麿画による狂歌絵本。見開きに写実的な自然と虫二匹が描かれ、画を題材に採った狂歌が二首ずつ収められている。序文は師の鳥山石燕による。 「今門人歌麿が著す虫中の生を写すは是心画なり」
Vatanabeus
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1
2025-09-07T17:10:20.000Z
2
1453年5月の月食 1453年5月22日に観測された部分月食。ちょうどオスマン軍によるコンスタンティノープル包囲戦の末期に当たり、5月29日にコンスタンティノープルが陥落したことから、ビザンツ帝国滅亡の予言を成就させるものとされた。月食中に赤い「血の月」が出現したと記録に残る。
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2025-09-07T16:02:53.000Z
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揚げバターが上陸するまでは
Vatanabeus
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2025-09-07T11:16:14.000Z
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ギュスターヴ・ドレの版画がAI生成疑惑をかけられている投稿を目にした。確かに精緻な描き込みが、いかにも生成AIが出力したものに見えないでもない。
Vatanabeus
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2025-09-07T10:44:37.000Z
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大田南畝は文化元年(1804年)に長崎奉行所へ赴任するが、紅毛船(オランダ船)でコーヒーを振る舞われて感想を記している。 「紅毛船にて『カウヒイ』といふものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり、焦げくさくして味ふるに堪ず」 どうやら口に合わなかったらしい。
Vatanabeus
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2025-09-05T12:42:02.000Z
1
接近した2つの台風が相互に干渉して複雑な動きをする現象を藤原の効果(Fujiwhara effect)と呼ぶが、Fujiwharaの綴りは提唱者の藤原咲平が学術論文で表記していたもので、本来は「ふじはら」姓であったことへのこだわりだったからだという。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-04T19:27:29.000Z
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エジョフがまだ消されていなかったころ #豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だったころみたいなことを言ってみる
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-03T19:07:36.000Z
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鳥人間コンテストでも見るか。
Vatanabeus
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2025-09-02T10:32:04.000Z
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うっかり殿下が飛ばした靴を拾うことで、君も側近になろう!
Vatanabeus
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2025-08-26T20:12:11.000Z
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江戸時代中期、長崎の東京通詞であった魏龍山が著した語学書「訳詞長短話」に見られるピジン言語として「ハルシイヤのくち」がある。ハルシイヤとはペルシアのことで、ペルシア語を語彙提供言語とするピジン言語であるが、ヒンドゥスターニー語やポルトガル語の語彙も含むという。
Vatanabeus
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2025-08-18T19:27:36.000Z
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石橋山の戦いで敗れ安房に逃れた源頼朝は兵力を糾合しながら房総半島を北上していくが、その途上には様々な伝説が残る。落武者伝説や貴種流離譚の変形でもあり、他界からの来訪者「まれびと」信仰の一種であるかも知れない。
Vatanabeus
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2025-08-12T06:50:27.000Z
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「ロシアはアラスカの回収を諦めていない」という噂があるらしい。ロシア領アメリカの最大領域はアラスカからオレゴン、北カリフォルニア、さらにはハワイのカウアイ島まで及んでいたので、どうせならそこまで要求してトランプを高血圧に追い込んで欲しい。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-08-11T19:19:55.000Z
3
圧倒的少数で大軍に立ち向かい、ごく僅かな損害で敵を敗走させるポーランド黄金時代のフサリア。 1610年、クルシノの戦いでは3万ともされるロシア・スウェーデン連合軍に対しおよそ6千のフサリアが突撃し潰走させた。連合軍の損失5千に対し、フサリアの損害は数百だった。 #世界史それは無茶だろ案件
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