Tu fui, ego eris.
ヘンリー8世「◯◯クソメガネという蔑称はやめよう」
平安時代、出産は母子共に死亡率も高く、まさに命がけで挑むものだった。出産は穢れ(産の忌)とされていたので母屋ではなく産屋を用い、その室内はすべて白画松竹鶴亀の屏風、白壁代、白几帳、白縁畳を用い、装束も女房に至るまで白一色だった。
どうやら読書離れという風潮が広がっているらしい。基準となる「月に何冊読むか」だが、自分の場合は1冊の本を数ヶ月かかって取り組むので、大体「月0.3冊」となり、端数切り捨てで「月0冊」になってしまう。
大神奈川主義エリカちゃん
聖ヴォルフガングと悪魔(もしくは聖アウグスティヌスと悪魔) 15世紀の画家ミヒャエル・パッハー作。聖職者と悪魔が書を挟んで対峙している。聖職者は10世紀のレーゲンスブルク司教ヴォルフガングとも、ローマ末期のラテン教父であったヒッポのアウグスティヌスともされ、そろぞれ解釈が異なる。
ジブリ映画は基本的に元気ババアありきだが、その中でも「紅の豚」のピッコロ社のババア連は、彼女達なしではポルコの飛行艇が修復できなかったので重要である。#ババア無しでは成り立たない映画
15世紀に入ると嘴靴の流行は廃れ、代わりにつま先が平たく膨らんだ牛口靴(duckbill, bearpaw)が流行した。一説にはフランス王シャルル8世は多指症のため足の指が多く、それを隠すためつま先の広がった靴を作らせたのが流行に繋がったと伝えられる。
古巣食里院(ぶるーすくりーん) 奈良時代の寺院。中国大陸から伝わった貴重な仏典を数多く所蔵していたが、諸々の不具合から解読不能になる書物も多く、多くの学僧の顔を死人のように青ざめさせたという。この故実が西方に伝わり、現代のBSoDへと変化した。 (民明書房刊『今週業務終了速報』より)
ヴァイマル(ワイマール)の紋章。ハートに包まれたライオンがかわいい。
ウクライナの国章としても用いられているリューリク朝の三叉戟の紋章は、中欧経由で西欧風の紋章が流行すると一時廃れたが、その意匠はリトアニア大公国でルーシに源流を持つ貴族の紋章に形を変えて残っていたという。 (ウラジーミル1世、マゼーパ家、グリンスキー家、コノノヴィッチ家の紋章)
#ガンダムの日
「暴富」で検索したところ、パワー系暴富招き猫グッズを見つけた。
中世写本に見る卵色々。
丸波羅探題(まるはらたんだい)鎌倉時代、幕府によって設置された役職。諸文書における句点について審議し、目に余る句点を使う者を征伐したという。一方で実在も疑問視されており、今後の研究が待たれる。(民明書房刊『Z世代 - 作られた風習』より)
1434年6月1日、ポーランド王ヴワディスワフ2世が没する。当初はリトアニア大公として即位し、後にポーランド女王ヤドヴィガと結婚しポーランド王配、後に単独のポーランド王となった。ポーランド=リトアニア合同はドイツ騎士団を破り、ポーランド黄金時代の幕開けになったと考えられている。
「帝衣は最高の死装束である」#可愛い女の子に言われたいセリフを挙げていく
ヴェスプッチ家(Vespucci)の紋章。フィレンツェの有力家門でありメディチ家と同盟関係にあったヴェスプッチ家は、一門から南米大陸を探検し「新大陸」の概念を唱えたアメリゴを輩出した。その家名は蜂(Vespa)に因み、紋章にも金色の蜂が描かれる。
「ローマ時代の阿部寛」として知られるエジプトのミイラ肖像画だが、並べて見ると阿部寛氏ご本人よりもラパルフェ都留氏に似ているような気がしてきた。
しのぎを削ったあの攻防戦 今なお続くここは最前線
古代ギリシアの絵付皿を眺めていると古代地中海文化は魚食文化であったと思うし、北方からやって来たゲルマン人の肉食文化とは何らかの文化的衝突を起こさざるを得なかったのだろうと想像している。
TLに「結束バンド SOLD OUT」という写真が流れてくる。今、結束バンドが熱い。 (人によってインシュロックタイやコンベックスなど呼び方が異なる)
俳優の阿部寛さんです #素人は騙せる
エドワード懺悔王(証聖王)の用いたとされる紋もTwitterみがある。