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Vatanabeus
@nabe1975
Tu fui, ego eris.
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Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-29T09:53:40.000Z
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「江戸っ子は蕎麦を汁に先っちょしかつけない」というのも、醤油を使った蕎麦汁が流行り始めた当初は甘辛い蕎麦汁ではなく醤油を酒で割った程度のものだったので、どっぷり浸すと塩辛くて食べられたものではなかったという話です。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-29T09:15:11.000Z
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真刀徳次郎(神稲小僧) 上野出身の盗賊。神道流の剣術の使い手であり、数十人の手下を従えて関八州を荒らし回った。帯刀した幕府役人に変装しては町家や寺に侵入し、強奪や殺傷を行った。寛政元年(1789年3月)に長谷川平蔵によって一味共々捕らえられ、大宮宿で梟首された。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-28T11:45:34.000Z
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江戸時代、10両以上の窃盗は死罪とされていたが、当時でもそれで闕所や試し斬りを伴う死罪という処分は重すぎると考えられていたらしく、仮に犯人が自分の奉公人など顔見知りだった場合は盗まれた金額を9両3分(10両に1分足りない金額)と届け出ることで死罪を免れさせていたという。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-25T21:04:41.000Z
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Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-25T20:49:19.000Z
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よくネタにされる「京都人のいけず」だが、現代の京都府は令制国の山城・丹波・丹後の三国からなる広い地域を指すので、京都の人が「何でもいけずと決めつけられたら困る」と怒る気持ちも分かる。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-25T15:31:58.000Z
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休憩時間にトレンドを覗くと、トランプが国連のエスカレーター停止で騒ぐ一方で、日本のカードショップでは人糞が発見されるなど、まさに乱世である。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-23T16:39:51.000Z
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Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-23T07:26:18.000Z
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ヒカキン氏が戦国時代にタイムスリップすると、やはり「フィカキン」と呼ばれるのだろうか。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-21T20:32:59.000Z
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倉橋格(恋川春町)辞世 生涯苦楽 四十六年 即今脱却 浩然帰天 我もまた身はなきものとおもひしか今はのきははさひしかり鳧 #大河べらぼう
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-20T16:39:15.000Z
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小学生の頃、「東海道中膝栗毛」を読んで弥次さん喜多さんを同年代の若者コンビと思い込んでいたが、大人になってから原典に接すると弥次さん(数えで50歳、風流だが下腹の出た親爺)と喜多さん(数えで30歳、元陰間。弥次さんと江戸に駆け落ちしてきた)という年の差カップルで吃驚した記憶がある。
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Vatanabeus
@nabe1975
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7
2025-09-20T09:28:08.000Z
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4連休なので、ひとまず髪と髭を剃ってさっぱりした。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-19T20:46:01.000Z
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江戸時代の石高増加率や各藩の表高と実高の差異を眺めていると、米を事実上の基軸通貨とし、米の生産量で土地の価値を定める石高制というものは、新田開発が進み米の生産量が増大した江戸時代中期で既に限界を迎えていたのではないかと思わせられる。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-19T17:10:16.000Z
1
そのアルバニアとは、もしかしてカフカス・アルバニア王国だろうか。アベルバイジャンは知らない。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-19T05:34:53.000Z
1
気温
Vatanabeus
@nabe1975
198
581
2025-09-18T19:36:04.000Z
1
そのうち鹿を馬と呼ばされそうではある。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-16T19:30:58.000Z
1
日本で白菜の安定した栽培に成功するのは明治末期から大正初期にかけてであり、家庭の食卓に上るようになるのは昭和初期だという。白菜は同じアブラナ科植物と交雑しやすく、種自体は江戸時代以前から度々渡来していたものの、安定した栽培がなかなか成功しなかったのだという。
Vatanabeus
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2025-09-16T08:46:13.000Z
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名前が不明な人を指す俗語「名無しの権兵衛」は、一説には深川の岡場所に由来する。岡場所は幕府非公認のため正式に遊女を雇うことができず、遊女に男性名を名乗らせることで目こぼしされていた。この名を権兵衛名と呼び、雇われてまだ名のない遊女は名無しの権兵衛と呼ばれたのだという。
Vatanabeus
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2025-09-15T13:11:38.000Z
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時代世話二挺鼓 山東京伝作の黄表紙。天明8年(1788年)刊行。 東国で新皇を称した平将門を討伐するため、俵藤太秀郷が東国へ向かう。秀郷と将門は料理勝負や遊芸勝負、知恵比べなど様々な勝負を行い、最終的に秀郷は将門を討つ。
Vatanabeus
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2025-09-14T09:27:31.000Z
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倉橋格(恋川春町)は駿河小島藩に仕える武士で、側用人まで出世した人物である。「鸚鵡返文武二道」が松平定信を風刺した内容だったため寛政元年(1789年)に幕府から召喚されるが、病を理由に出頭せず隠居し、ほどなく没した。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-14T09:13:13.000Z
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朋誠堂喜三二「文武二道万石通」と恋川春町「鸚鵡返文武二道」は蔦屋重三郎の耕書堂より刊行され、唐来参和「天下一面鏡梅鉢」も版元は耕書堂とされるが定かではない。いずれも寛政の改革を進める松平定信と幕府の逆鱗に触れ、絶版となった。朋誠堂喜三二は戯作を断筆、恋川春町はほどなく没した。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-14T09:06:08.000Z
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天下一面鏡梅鉢 寛政元年(1789年)刊行、唐来参和作の黄表紙。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-12T19:42:14.000Z
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象の背中に載せられた騎乗用の櫓をヒンディー語でハウダー(हौदा, Howdah)と呼び、貴人の移動用から軍用櫓まで様々な形状が存在した。特に戦闘用の櫓は高く頑丈に作られており、古代世界で使われた戦象の伝聞から中世写本の「背中に城を載せた象」のイメージが描かれたと考えられる。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-08T07:57:09.000Z
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気砲 国友一貫斎(1778-1840)が製作した空気銃。オランダより渡来したポンプ式を模倣したものだが、一貫斎は「小児の弄びにひとし」と厳しく評価し改良を加えている。松平定信ら諸侯から注文が殺到し、一時は幕府から製作を禁止されることもあった。
Vatanabeus
@nabe1975
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2025-09-07T19:48:16.000Z
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大田南畝は寛政4年(1792年)9月に学問吟味を受験するよう命じられるが、「呉子胥論」という試験の論題に対し「呉の国の子胥か、伍氏子胥か」と揚げ足を取ったため落第させられている。 南畝が御目見得以下の甲科及第首席合格となるのは、寛政6年(1794年)2月の第2回試験である。
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